私の生まれましたのは、崑崙、海の王国の中でも最も古い王国の一つで、最も大きな国の一つでございます。
海の王国、そうです、私の国は、海の中にございます。
そんなに不思議でございますか? 海はこの陸地より広いのですよ。どうして、人がそこに住んでいないなんて思われますの。それに陛下たち陸の人々は地表しか動きませんが、私ども海の住人は、海面近くから、深い海底の底まで、自由自在に動きます。私たちの活動範囲は陛下より、ずっと広大なのですわ。
人も含めて、生き物は元々海にいたのです。
お気を悪くなさらないで下さいましね。海の王国は、地上の王国よりずっと古く豊かですわ。町も宮殿も地上より大きく、人の数も多いのです。
ええ、町もあれば宮殿もございます。陸にあって海の王国に無いのは道路ぐらいでしょうか。地面に道なんてひいたりしませんわ。海流にのって移動すればいいんですもの
海の中で、どうして息ができるのかですって。どうしてできないことなどありましょう。私たちは陛下がこの空気を吸うかのごとく水の中で自然と呼吸していますわ。私に言わせれば、どうして、地上の人々は、水の中で呼吸することを忘れてしまったのでしょうか?
ええ。私たちは、海でも地上でも同じように暮らせます。ただ、海から地上に出て数日は体が慣れなくて、動きが重くなってしまいますけど。後で、お話ししますが、このことが私にとっては大変な事態をもたらしたのです。
ですが、その前に私の故郷のことをお話させてください。
私は、その歴史ある王国崑崙で、王の娘として何不自由なく育ちました。父王こそ、私が幼い時に亡くなってしまわれましたが、母竜吉とそれから父の後を次いだ兄王聞仲に、それはそれは大切にされておりました。
本来でしたら、年頃になりました王族の娘として、どなたかの元へ嫁いでいたのでしょうが、兄はまだ妃を娶っておられず、母も寂しがるので、それをいいことに、どなたからの求婚も断っておりました。兄王がまだ早いと仰ってくださっていましたしね。
でも、本当はどこかへ縁づいて、王族として勤めを果たしているべきだったのです。そうすれば、あのように国が攻め込まれることも無かったかもしれません。
でも、そうすると陛下とお会いできなかったのですから、運命はなんとも皮肉なものですわ。
ええ、戦に負けたのです。あれを戦といってよいのか分かりませんが、金鰲の妖女妲巳とその養子王天君の奸計によって、いつのまにか、周り全ての国が敵となっておりました。
兄の聞仲は勇敢で、武技にも優れ、戦上手でもございましたが、なにしろ武人らしくまっすぐな人柄。配下の者も同様で、あのような謀を前にしては、ご自分の力の半分も出せずに窮地に立たされておしまいになりました。
なにしろ、妖女妲巳の気に当てられて、味方が次々と敵に寝返ってしまうのです。こちらにかろうじて残った者達も、敵が自分の兄弟、親や子では、攻めようにも攻めきれません。
ついに僅かばかりの味方を残して、追い詰められてしまいました。 私と母も都を捨て、兄とともに身を隠しておりました。 そうした中、兄は国を取り返し人々を救おうと懸命に動いておられました。そして、いよいよ、計画を実行するという頃になって私に言ったのです。
「私はこれから妲巳と王天君を倒しに行く。だが、あのこすっからい二人の事だ。どんな計略を用意していることか。私の心配はただ一つ。おまえの事だ。 私の弱点はおまえだ。あの二人がお前を狙わぬはずがない。ましてや、私が負ければ、おまえにどんな運命が降りかかるかことか」
私は、兄に言いました。
「お兄様、私のことなら大丈夫です。たとえ、あれらが私にどのような策をしかけましょうと、私も王家の娘、受けて立ちます」
「あれらの悪逆さは、そなたのような純真な娘の想像を超えている。そなたを辱めようと手ぐすねひいてまっているはずだ。そのような事に陥らぬうちに、そなたには結婚してもらいたい。今の我らの境遇では、海の王たちに嫁ぐことは望めぬ。辺境の小国がせいぜいで、そもそもそんなところでは、お前の安寧が得られるはずもない。そこで私は考えたのだ。いっそ、地上の王と結婚してはどうだろうかと。地上の王ならば、どんな偉大な王でもそなたを喜んで迎えるはずだ」
兄の言葉を聞いて、私は怒り始めてしまいました。
「お兄様、なんと情けないことを仰るのですか! 地上の王などに嫁げと言うのですか。仮にも崑崙の王女たる私は、地上の血など一滴も混じっておりません。 どのように落ちぶれようと、地上の者と結婚するなどありえません!」
陛下、お許し下さい。私は幼く無知でございました。陛下のような素晴らしい方が地上におられると知っていたら、このような事は決して申しませんでしたでしょうに。
「何をいうか。そなたが知らぬだけで、地上にも立派な王はたくさんいる」
「馬鹿な事を仰らないでください。そんな結婚をするぐらいなら、お兄様とともに戦場にたって、討ち死にした方がましです」
私も相当頑固でございますが、兄はそれに輪を掛けて石頭なのでございます。もう、その後は、売り言葉に買い言葉。
大げんかのあげく、私、飛び出してしまい、地上の月に向かって、身を投げてしまいました。
そこで、金鰲の軍勢に出会ってしまいまして、もう無我夢中で逃げたのです。
気づいたときには、ある国の浜辺に打ち上げられていました。
先ほどお話ししたように、私たち海の人間は、地上でも同じように動くことができますが、それには数日かかります。まして、金鰲の軍勢から逃げて、疲れ切っていた私は、意識が戻りましても動くことができませんでした。
それでも、動くことはできませんでしたが、私を見つけた漁師の言っている言葉は聞こえておりました。 私の身につけていたものがあまりに高価でしたので、そのまま私ごと領主の館に届けることにしたというのです。
この領主がとんでもない男で。いいえ、陛下。陛下のお国の者では、ありませんわ。ご安心なさって。
この男が妻がある身でありながら、私を手に入れようとしたのでございます。
私、もちろん抵抗しましたわ。その時には大分、動けるようになっていましたし、これでも兄には、身を守れるようにとかなり厳しく鍛えられましたから。
でも、やはり、海の中とは勝手がちがっていましたし、動けるようになったと言っても、本来の私ではありませんでした。 それでも、男が激しく後悔する程度には頑張りましたのよ。男の部屋の調度のほとんどは、使い物にならなくなったはずですし、その鼻は今でも曲がっている はずです。
ですが、私のその激しい抵抗の音を聞きつけて、男の部下がやってきてしまいました。五人がかりで来られては、どうにもなりません。私、その男達に、押さえ込まれてしまい、床に押さえつけられてしまいました。
そうなっても私が、まだ抵抗しますので、男達は、薬を飲ませたのです。もちろん、はき出してやろうとしましたが、口をこじ開けられ、鼻をふさがれて、むせた瞬間に飲み込んでしまいました。それを何度も繰り返して、すっかり薬を私にのませきってしまいました。
意識が遠のくのがわかりましたわ。そうなっても、耳だけは聞こえているものなのですね。男の声が聞こえるのです。
「ちゃんと押さえつけておけ。男ってものを教えてやる」
「お館様、今しばらく待てば、すっかり動かなくなってやりやすくなるはずです。それからでもいいのでは?」
「それではおもしろくない。誰が主人か、きっちりその体に教えてやる。おい、足を持て」
そういうと、私の服を引き裂いて、夫たる御方にしかお見せすべきでないところを、その男の前に晒してしまったのです。
私はと言えば、もう恥ずかしくてたまりません。このような恥辱には耐えられないと思いました。この上の辱めを受ける前に舌を噛もうそう思いました。
その間にも、男がその剣を私に埋めようと体を割り込ませて参ります。男の肉が私にふれた瞬間、私は舌を噛もうと大きく力を込めました。その瞬間です。 大きな音とともに扉が開き、誰かが入ってきました。
「あなた、これは、なにごとですか!!!」
男の妻だったようです。私があれだけ暴れたので、妻のところにまで騒ぎが聞こえたのでしょう。男が何か言い訳をするのを聞きながら、私は意識を失ってしま いました。
次に、意識が戻ったときには、奴隷市場におりました。
明るい太陽の下、石台の上に寝かされ、手足を四方の柱に縛られ、何一つ身につけない姿で、奴隷商人達の視線に晒されておりました。
どれほど、情けなく惨めだったことか。しかも、口に塡められた轡のために、声を出すこともできなければ、無論、舌を噛むこともできませんでした。
商人達は、私を見下ろしながら、値踏みをしておりました。
「ほら、目を開けましたよ。この美しい瞳、ご覧下さい。こんな美しい紫は珍しい。出物でございますよ」
「うーむ、こんな貧弱な乳では、売り物にならん」
「いえいえ、この形をご覧下さい。小ぶりながら左右対称の美しさ。乳首の色もよくご覧下さいまし。まだ乙女でございますよ。それにこの肌の滑らかなこと。まさに絹のごとき手触りでございますよ。あぁ、触らないでください。お買い上げになるまでは触らぬのが規則にございますよ」
男達は、触りこそしませんでしたが、その不愉快な鼻息がはっきり感じられるほど近くまで顔を寄せるのです。私、もう恥ずかしくてたまりません。目を堅く つぶってしまいました。意識をいっそ手放せたら楽だったのですが、そうもまいりませんでした。
「本当に処女なのか? 処女でなければ、その美しさも値半減だ」
男達の誰かが申しました。それを皮切りに、
「そうだ、そうだ。もったいぶらずに、秘所も見せろ」
「もちろんでございます。皆様、お改め下さい」
私はもちろん、足を閉じようと大事なところを隠そうとしましたが、足を縛られていてはそれもままなりません。さらに 膝を広げるように押し開かれて全てを晒されてしまいました。
あぁ、あの時、どれほど死んでしまいたいと思ったことか。
男達は一人一人、顔を近づけて私の秘密を見てしまいました。その鼻息を感じたときの穢らわしさ。生涯忘れられないと思います。
「ふーむ、確かに、美しい。色も綺麗だ。形も良い。だが、これでは処女だという証にはならぬ」
「きちんと、処女の証を見せてもらわねば、買わんぞ」
「うーむ、そこまで申されますなら、乙女の聖域の入り口をお見せしましょう。ほれ、道具をもってまいれ。香油も忘れるな」
私、心底ぞっといたしましたわ。それまでにもう館の主の刀にその表だけとはいえなぞられ、さらには男達の息を浴び、十分穢された思いでしたのに、その上、道具を使って私の秘密の洞窟をのぞこうというのです。
まだ、どの殿方にも許したことのない私の秘密をそのようなもので暴こうなどとは。
私の秘所に香油が振りまかれ、冷たい金属があてられました。
私は思わず、身を捩ってさけようとしました。
「おやめ下さい。十分でございます」
それが、陛下の元に私を連れてきた商人でございました。
「色も形も無垢なもの。それに今の様子でわかりました。この娘、処女に違いありますまい。そのようなものを入れて、美しい貝の形に傷の一つもつけては もったいない。私が処女として、言い値でこの娘を買い取りましょう」
そうして、私は、その商人に買われ、あなた様の元へ来たのでございます。
ここで、王妃は大きく一息つかれました。
王は、お話の間中、優しく握っておられた手を離されると、王妃を優しく抱きしめました。
「なんとそのような事があったのか。けしからん、実にけしからん。そなたのような娘をそのように扱うなどとは、探し出して、必ずや首を刎ねてくれよう」
「陛下。お言葉もったいのうございます。ですが、それらは全てここより遠い土地で起きましたこと。私も、どの男とはしかと申しかねます。全員の首をはねることはできず、口に戸もたてられませぬ」
「何を言う。そなたの望んだことではあるまい。そなたがそれ以上のつらい目に遭わずにすんだのが何よりだ。もとより、そなたがどのような境遇にあったと しても、わしの妻として迎えたであろう」
「はい、陛下の真心はよくわかってございます。唖の奴隷女を、正式な婚儀の上、ただ一人の妻として迎えてくださった陛下のお心。そのお優しさ、真実が、 私の頑なになった心をとかしてくださったのでございます」
「そう言うてくれるか。だが、そなたの了解を得ぬまま、そなたを得ようとしたという点では、わしもその男たちと何らかわらぬのう」
「いいえ、陛下はきちんと聞いてくださいましたわ。新床の場でも。私覚えております」
「ならば、何故、返事せなんだ。そなたに否と言われても諦められなかったであろうが、そなたの心を開くべく、努力と時間は惜しまなかったであろうに」
「お返事したくともできなかったのですわ。だって、薬を盛られていましたもの」
「なんと、そうであったか」
「私をあの商人に売り渡したとき、市場の者が言ったのです。『この娘、相当気が強く暴れたらしい。なんでもさる貴族の鼻をへし折ったそうだ。この薬を飲 ませておきな。それさえ飲ませとけば、おとなしくって美しい人形さ』」
「むぅぅぅ。だが。はて、そなたと初めて会うた時、確かに目が合ったと思うたのだが。あのまなざしがわしをそなたの虜にした。いったいどういう薬だったのだ」
「なんと、申しましょうか。気持ちを抑える薬だったようでございます。周りで起きていることはわかっておりましたが、自分の事としては感じられないと申しますか、興味を失わせてしまうような作用があったようです。もうあの頃は、地上というものに、とりわけ陸の男たちに絶望しておりましたので、それに抗う気力もございませんでした。それでも、時折薬の効果が薄れる時がございまして、陛下とお会いしたときは、意識が少しはっきりしているときでございました。 陛下が私を優しく見つめて下さいましたこと、覚えております。その時は、私、地上の男などどれも同じ、王だからといって如何ほどのことがあろうと思ってございましたので、お声をかけて下さいました陛下に、お返事する気にもなれませんでした。それだけ私の怒りや絶望は深かったのです。ご無礼をお許し下さい」
「むろんだ」
そう仰りながら、王は、王妃が自分との初めての逢瀬と言うべきものを覚えていてくれたことに喜びを覚えておいででした。
「陛下が私を買われました後も、婚儀まで商人は引き留められておりましたでしょう? 陛下が私を王妃になさるということで、何かの間違いがあってはならぬと、臣下の皆様に留め置かれて。薬が薄れていることに気づいた商人は、婚儀の席で騒ぎを起こされては、自分の命が危ないと、婚儀までの数日とりわけ多く 薬を与えたのです」
「けしからん。まことにけしからん。あの商人め。必ずや引っ捕らえてくれよう」
「陛下。許してあげてください。私に薬を飲ませたことはさておき、待遇は悪くありませんでしたわ。扱っていた商品も私が覚えている限り正直な品ばかりでしたし。それに、きっとそれで良かったのです。だって、そうでなければ私、きっと大騒ぎを起こして、婚儀の席も新床の夜も台無しにして、陛下にさぞや恥を かかせてしまっていたはずですわ。きっとあれで良かったのです」
ご自分に言い聞かせるように仰る王妃をご覧になって、王は愛おしい気持ちでいっぱいになりました。
「王妃よ、いや、普賢、我が心の光よ。そなたに口づけてもよいか?」
「陛下・・・」
王妃は、目をつむり、軽く首をかしげて、王の方にその唇をよせました。王は自らの唇をそれに重ねます。
王妃の手が、王の背中へ回されます。その感触にさらなる喜びを覚えながら、王は口づけを深くされていきました。
「あぁ、普賢。そなたの瞳にわしの姿が映るこの幸せ。言葉にはできぬ。だが、そなたいつから口が聞けたのじゃ。今は薬はもう抜けているのであろう?」
「正直申し上げて、大分かかりましたわ。私が海の娘でなかったら、今でもまだ薬は効いていたはず。いずれにしても王子を身籠もる前に、薬がこの身から消 えていたのは幸いですわ」
「なんとも酷い話だ。その酷い話に自分が一枚咬んでおるとなれば、なおさらの」
「陛下はお優しくあられましたわ」
「むぅう。そう言われると、ますますつらい。あの夜のあの無体」
どの夜のことを仰っているのかは、お二人ともわかっておいででした。
「あれは、・・・・あれは私も悪いのです。人の上に立つ者は孤独なものでございます。まして陛下のように大きな帝国の王ともなればなおさらです。私も王の娘。父王や兄王の苦悩は近くでみて参りました。その王が心を休めるべき奥の妻が、あの態度ではお腹立ちもごもっともです」
「なんと、そなた許してくれると申すのか」
「もちろんですわ。あの朝、目が覚めたとき、陛下が私の手を握っていてくださいましたでしょう。あの時、もう許していましたわ」
「ならば、何故、その時声をかけてくれなんだ。わしがどれほど後悔し苦しんだことか」
「なんと申しても、意固地になっていたのですわ。陛下をお愛しなんてしない、と意地になっておりました。でも、子供を授かったことがわかって、私、こういうご縁なのだと思いましたの。ただ、子供が無事生まれるまでは、なんだか不安で、口を一言でも聞いたら、全てが失われてしまうのではないかと。身籠もっていると女はいろいろ考えてしまうものでございます。それで沈黙を守っておりました。陛下、私のこと、許してくださいますか」
「むろんだ。そなたの味わった苦しみを知った今では言うまでもない。それにしても、わしら最初からずいぶんと掛け違いをしてしまったものだのう」
「本当に、そうですわね」
「やり直せるかな」
「もちろんですわ。陛下がそう望んでくだされば」
「そして、そなたもそう望んでくれるのなら」
そうしてお二人は、互いを抱きしめ合いました。
「ところで」 と、王様は仰られました。
「ところで、そなたの家族はご無事なのであろうか。なにかして差し上げられることはあるであろうか」
「陛下。お優しいお言葉ありがとうございます。お言葉に甘えまして、一つお願いがございます」
願いがあると言いながら、言いよどむ王妃に先を続けるように王は促されました。
「申してみよ。わしら夫婦はこれまで語らうという事が無かった。何にせよ、まずは言うてみよ」
「では、申し上げます。私の兄と母に、私の無事を知らせたいのです。ただ、私が国を離れてより時間が経っております。戦の決着は既についておりましょ う。兄が勝っていれば、なんの問題も無いのですが、考えたくないことではございますが、もし兄が負けておりましたら、海は全てあの妖女とその養い子のもの。連絡を取ろうとするだけで、悪者たちをこの国に引き寄せてしまうかも知れません」
「わしとしても、そなたの兄上の勝利と無事を信じたいのう。心配いたすな、王妃よ。その様な悪辣なものが勝っておれば、今頃、海は大荒れであろう。特に船の事故が増えたという話もない。そなたの兄が勝ったのであろうよ。もし、その悪者たちが勝っていても、確かに我が兵士は海中では戦えぬが、そやつらも陸地 では思うように動けまい。そなたの話では、少なくとも数日は、動きが鈍いと申していたではないか」
「数日の事ですわ。それにすぐ動けるようになります。そうすれば地上の人々と変わらぬ力と速さをもった軍隊になります」
「何、心配いたすな。我が軍は地上最強だ。互角なら勝ち目もあろう。常に警戒も怠っておらぬしの。いずれにしてもそのような者たちが海を手に入れたならば、遅かれ早かれ陸にも出てこよう。戦は避けられぬ」
「陛下、ありがとうございます。そうですわね。きっと危険を冒しても兄を呼ぶ甲斐はありましょう。兄が来れば、私が海の王女と皆に示せます。それはきっと陛下をお助けすることになりましょうから」
「待て、そなた、わしのために兄上達を呼びたいのか」
「もちろん、第一には私が母や兄に会いたいからですし、第二には陛下に私の母や兄に会っていただきたいからです。ええ、でも、私一人の事ならば、陛下の真心だけで十分でございます。崑崙にいた頃の私はたいそう気位が高うございましたから、兄や母が見たら驚くでしょうけれど。ですが、陛下が私のために、おつらい立場に立たれることには、耐えられません。陛下が私のような氏素性もしれぬ女奴隷を王妃にしたことで、お立場を悪くされたことは、後宮にいても伝わってきました。陛下が私に下さいました誉れが、御代の汚れではないと示したいのです」
「なんと、そなたにそんなことを言った者がいたのか。けしからん」
「皆、私が口が聞けない思っていましたから、いろいろ好き放題申しておりましたわ。そんなにお怒りにならないで。陛下が私のために、後宮の人材をかなり入れ替えてくれましたでしょう。特に、高蘭英をお寄越しになってからは、そのような者はいなくなりましたわ。今いる者達は、気のいい者ばかりです。時々お小言のようにいろいろ言われますが、全て陛下を思っての言葉ですわ。陛下の人を見る目は確かでございます」
「さようであったか。王妃よ、わたしのいたらなさで苦労をかけたな。さて、どうのように手配すればよい。どのようにすればそなたの母御と兄君にそなたの 無事を伝えられるのだ」
「では、陛下のお手を少しばかり煩わせることをお許し下さい。そこの窓を開けてくださいますか? いいえ、冗談を申しているのではありません。それから 燭台に火を持ってきてくださいますか?」
王妃の不思議な指示に従いながら、王はあることに気づいてしまいました。
「陛下、どうなさいましたの。燭台をこちらにいただけますか?」
「王妃よ。母御と兄君、ご家族に会いたいのは当然であろう。だがわしのため、というなら、ご家族を呼ぶのはやめてもらえぬか?」
「・・・陛下がそうお望みなら」
「王子のことなら心配いたすな。そなたと以外に子をなす気はない。あれがわしの皇太子だ。なんなら、今すぐ立太子をしてもよい」
「陛下。王子の先行きに私はいささかの不安も感じておりませんわ。それにそのようなこと、あの子が大きくなって、国の皆様がお認めになるような人物に なっていればのことですわ」
お妃様のたいそう悲しそうな顔をみて、王は思わず叫ばれました。
「違う!! 違うのだ。言いたいのはそんなことではない。そなた、わしを置いて海に帰ったりはせぬな。そなたがどれほど故郷を恋しく思っているか、わしにもわかる。そして海の王国が素晴らしいことも。家族に会えば、帰りたくなるのではないか。わしは海の中まではそなたを追えぬ。わしはそなたが王女でなくともよい。ただ、わしの側にあってくれればそれでよいのだ」
「まぁ、陛下。どうしてそのようなことを思いますの。こんなにお慕いしていますのに、私が去っていくなんて。それに、今はさすがに動けませんが、私いつでも海に帰れますのよ。その窓から海に飛び込むだけでいいんですから」
「では、どこにも行かぬな」
「陛下がお許し下さる限り、陛下のお側におりますわ」
「すまぬ、つまらぬ事を申したな」
「いいえ、大事な事ですわ。私たち一つ一つお話していく必要があるのですもの」
「そうだな。それで、この燭台はどうしたらよいのだ」
「そこで、そう、持っていてくださいますか?」
王妃の目の前に燭台を掲げると、王妃はその炎に向かってなにやらつぶやかれました。その美しい水色の髪を、数本お抜きになると、その火に向かって放り込 みます。そうして、髪がすっかり灰になってしまうと、炎ごと窓の方へ吹き飛ばしておしまいになりました。 灰は宙を漂って、窓から出て行くと、海に落ちていきました。
「兄が生きていれば、すぐにも現れるはずです。兄と母にのみ送ったので、他の者に伝わるはずは無いのですが・・・」
「心配いたすな。それよりもそなたのご家族が無事であればいいのう」
燭台を寝台の枕元に置いて、王妃の髪をなでながら優しく仰られました。
え? 王様は王妃様の言葉を疑わなかったのかですって? 疑いませんでしたとも。王妃様の珍しい髪の色も、瞳の美しさも、肌の滑らかさも、地上のものと言うより海のものと言われた方が納得のいくものでしたし、なにより王妃様に夢中だったのですから。
程なくして、部屋の窓から見える海の波が大きく泡立つのがみえると同時に、その波の中から浮かび上がってくる人影がありました。 人影は二つ。 波の上を進んで、王宮のある崖の近くまで来ると、高く浮き上がり、そのまま王妃の部屋の窓の前に立ちました。 バルコニーの上に降りると、大きく開け放たれた窓から入ってきました。
一人は、たいそうな偉丈夫の男で、大きな鞭、長いマント、顔の半分を覆う仮面と、そこから覗く目も、残り半分の表にある目の眼光もたいへん鋭く、ものすごい迫力です。
もう一人は、長身の黒髪の美女で、王妃様も大変なお美しさでしたが、そのご婦人から漂う威厳に比べれば、王妃様はまだまだお若いのだと感じるほどでございました。
そのご婦人が 「普賢!」 と、呼びながら、王妃のもとへ駆け寄られると、王妃を抱きしめました。
「お母様。お母様」
王妃は抱きしめられた母君の胸元で泣いておられます。
王妃を母君の手にお渡しになった王は、そのご様子に、深いお喜びを感じておられましたが、同時に鋭い視線を男から浴びせられ、背筋も凍る思いを味わっておりました。
王は、男の方を向き直るとその鋭い眼光を見返し、男もまた王を睨め付けます。
両者譲らず、火花が散るのではと思うほどです。
王は、これほど迫力のある人物に会ったことはありませんでした。どの国の王、どんな優れた兵士や将軍に相対しても臆したことはありません。
その王が、 ちょっとでも気を許せば、心を折られそうな迫力です。
おそらく、いえ、間違いなく、この男が王妃普賢の兄、聞仲殿なのでしょう。
男として、夫として、ここで一歩でも引いてはならぬ事、王はよくよくわかっておいででした。
永遠に続くかと思うにらみ合いに割って入ったのは、王妃様です。
「お兄様、おやめ下さい。陛下もどうぞ心やすらかに願います」
そう仰りながら、母君から身を離されると、王にすがりつくように寄り添い王の腕をとられます。王妃の胸が王の腕に押しつけられ、王は初めてそのような形 で味わうその感触にうっとりされ、表情に出さぬよう懸命でおられました。
「お兄様」
妹のやや険しくなった声をきいても、まだ聞仲殿の視線は厳しいままで、王もそれに負けじと目線を返しておられます。
「陛下申し訳ありません。母と兄を紹介いたしますわ。こちらが我が母竜吉。そしてこちらが兄の聞仲にございます。 お母様、お兄様、この方が伏儀様。陸の国の王にして、私の夫君でいらっしゃる御方です」
その言葉を聞いた瞬間、聞仲殿の鞭が大きくうなり、怒気が部屋いっぱいに満ちました。
母君は、驚いた表情をしながら、なんとか声を出します。
「なんと申した。そなた結婚したのかえ、この陸の男がそなたの夫と申すか」
「はい。お母様」
王妃様は微笑みながら、なおも伏儀様にしがみつきます。まるで引き離されまいとするかのようです。
ついに、聞仲殿の鞭が大きくしなり、部屋の中を乱れとびました。 王妃とその側にいた王様はご無事でしたが、中の調度はその一撃で酷い有様です。
「妹よ。本心を申せ」
ようやく聞仲殿が声を発しました。
「妹よ。そなたが望めば、この男の首などすぐに捻ってくれる。どのような惨い目にあったのだ。そなたが陸の男の妻になどなるはずがない。あれほど嫌がっていたではないか。言え、帰りたいと。我らと共に海の王国に帰ろうぞ」
「お兄様、私、本心から伏儀さまをお慕いしております。そもそも陸にも素晴らしい方がいると言ったのは、お兄様ではありませんか。陸の王に嫁げと。それで私、怒って飛び出してしまったのですから。ええ、お兄様が正しかったのですわ。今の私はこの方の妻。この国の王妃です」
「本心からと申すか、妹よ。では、なぜ知らせ一つよこさなかった。母上がどれほど心配されたかわかっているのか」
「本当に申し訳ありません。お兄様、お母様。いいえ、お知らせしなかったことと伏儀様は関係ありません。伏儀様は今日まで、私がどこの誰か、もちろん海の王女だなんてご存じなかったのですから。何も知らずに、私をつらい境遇からお救い下さったうえに、正式な婚儀の上、この国の王妃にしてくださいました。 どうかお兄様、禁鞭をおしまいになって」
「普賢、この母と兄上がどれほど心配したのか、本当にわかっているのですか。おまえが妲巳と王天君に捕らえられたのではないかと、我らは気も狂わ んばかりであったのですよ。兄上はおまえを取り返すために戦われ、激しい戦闘の後に勝利を収めましたが、おまえの姿を見つけられず、どれほどお嘆きになったことか。今日も今日とていきなりの知らせ。供の用意も待てずに、我ら二人来てしまいましたが、そなたはやつれ、床から起き上がれない様子。その上、傍らにこの男、とくればお兄様のお怒りはごもっともですよ」
「ごめんなさい。お母様、お兄様。大事な戦の前に心痛を増やしてしまって。でも、今起き上がれないのは、伏儀様のせいではありません。すこしは伏儀様のせいでもありますけど」
眉をしかめる母君と兄君に、はにかんだような笑みを見せながら、王妃は続けました。
「お母様、私がやつれて見えるとしたら、それは、女として一番大事な仕事をなしたところだからですわ」
「ということは、そなた」
「ええ。子供を授かりましたの。男の子ですわ」
「なんと」
母君は、聞仲殿と目線を交わすと、禁鞭をしまうように促されました。
「御子が・・・そうか」
聞仲殿は、禁鞭をしまわれると、ようやく王から目線をはずされました。 王も、静かに息を吐いて緊張をときました。
「お兄様、お母様、私の子に会ってくださいますか?」
「もちろんじゃ。元気なのか、どのような子なのじゃ」
「おお、ぜひ、会うてくだされ。今、こちらに呼びましょう。普賢、少し出るがよいであろうか。待っていてくれような」
「ええ、大丈夫ですわ、陛下。ご心配無用ですわ」
そういうと、王は王妃の元を離れ、王子をこちらに連れてくるように外に控えていたものに告げに出て行きました。外にも禁鞭の打撃によるは聞こえていまし たので、既に、大臣級の方々が、急を聞いて集まっておられました。
「ああ、心配いたすな。大丈夫だ。王妃のお身内の方が見えられたのだ。王子を連れて参れ、会っていただく故。後ほど、そなたたちにも会わせよう。わしも 驚いたがそなた達も驚くであろうよ。とにかく失礼の無いようにもてなしの準備を整えよ。最上級のまだ上でも足りぬかのう」
王が室内に戻られると、王妃を囲んで、母君、兄君が泣き笑いしながら、お話なさっておいででした。
その輪に入れないものを感じて、戸口で一瞬立ちつくしてしまった王様でしたが、すぐに王妃様がこちらを向かれて嬉しそうに微笑まれるのに勇気を得て、王妃様の元へ戻っていかれました。 程なくして、扉を叩く音がしました。許しを与えると、王子を抱いた高蘭英が入って来ました。
部屋に入った高蘭英は、部屋の中のあまりの惨状に、そこで立ち止まってしまいました。
王が王妃のためにと揃えた美しくも高価な調度はどれも使い物にならない有様で、王妃の側には、それはそれは美しい女と、立派な男が立っています。
世継ぎをその腕に抱いた高蘭英は、王の方に心配そうな視線を向けます。少しでも怪しい気配を感じれば、王の許しを得なくても王子を連れてこの部屋から出て行く覚悟でした。
「蘭英。大丈夫です。王子をこちらに連れてきて」
初めて聞く、美しい声が自分を呼びます。驚いて、王妃に視線を移すと
「蘭英?」
王妃が自分の方を向いて、にこやかに笑っておられました。
元々美しい方だとは十分承知していましたが、表情があるとこれ程違うとは。自分の顔に朱が昇ってくるのがわかります。
「ほら、お兄様がお部屋をこんなにしてしまうから、蘭英が驚いているじゃありませんか。蘭英、こちらは私の兄と母です。王子の顔をお見せして」
もう一度、王に視線を戻すと、一つ大きく頷かれましたので、王子を連れて王妃様たちの前に進み出ました。
「どれ、おお、かわいいのう。目鼻がはっきりしておる」
蘭英から、王子を受け取ると、母君は優しく微笑まれました。
「ほれ、聞仲、そなたも甥の顔を見よ。そなたの幼いときに似ておるぞ」
「赤子の顔などどれも同じ」
「そなた、普賢が生まれた時も同じ事を言うたが、その後、なんと言うたのだったかのう」
「・・・」
「お兄様、私の子を抱いてくださいませんの?」
妹君の紫の瞳が悲しそうに見上げてくるのに耐えきれず、聞仲殿は赤子を受け取りました。王が驚いたことに、聞仲殿は赤子に慣れておいででした。危なげない手つきで、王子を抱くと、部屋の中を赤子をあやすように歩き始めました。 聞仲殿が海の見える窓に近づいたときです。王子が、にこりと笑われました。
それを見た聞仲殿の口元がやや緩んだように思われたのですが、定かではありませんでした。
なぜなら、次の瞬間、王子を抱いたまま、聞仲殿が窓から海に飛び込んでしまわれたからです。
「!!!」
王は、血相を変えて、窓に走り寄りました。
蘭英も、真っ青です。
「陛下。ご心配なさらなくて大丈夫ですわ」
王妃様が、お声をかけました。母君も微笑んでおられます。
「陛下。私も陛下と同じくあの子を愛しておりますわ。でも、なんの心配もしておりませんでしょう。大丈夫です。あの子は陛下の御子でございますが、私の子でもあります。海の中でも生きていけますわ」
「そうか・・」
王はそうおっしゃりつつも、心配げに窓から身を乗り出しています。蘭英は、どうしたものかと、王と王妃、そして外への扉を見ていました。
王にとっては永劫とも思える時間の後、聞仲殿が、海からあがって来ました。
最初にやってきたときと同様、海から姿を現すと、そのまま浮かび上がり、窓から入って来られました。
王は、あわてて王子を受け取ると、王子が生きているばかりか、至極上機嫌で微笑んでおられるのに、びっくりするやら喜ぶやらで、どんな表情をしていいのかわからないほどでした。
「普賢、この子は海の方が合うのではないか?」
「まぁ、お兄様、ありがとうございます。でも、この子は陛下の子です。陸で育てますわ」
「ふーむ。そうか。気が変わったらいつでも言え」
そういう会話を聞きながら、王様は、王子がまるで濡れていないことに気づかれました。よく見れば、聞仲殿も、そして母君もです。なんとも海の人々は便利 にできているようです。
「では、陛下、改めまして、妹の持参金としてささやかながらこれをお納め頂きたい。なにしろこれがいきなり言ってきたので、今はこのようなものしか用意できなかった。後日、きちんとした結納の品を納めさせていただこう」
そういうと、聞仲殿は、懐から、三つの真珠を出されました。どれもこぶし大ほどの大きさで色は、白・黒・桃色。王はたくさんの宝物を持っておられました が、これ程の宝石はお持ちではありませんでした。
「どうか、義兄上、こう呼ぶことをお許しいただければ幸いですが、義兄上、わしは、このようなものを求めて、普賢を妃にしたわけではない。どうかそれをお断りすることをお許し願いたい」
「このようなつまらぬもの、妹の代価として不足は承知。だが、礼を失するわけにはいかぬ。お納め願おう」
王と聞仲殿の間で、再び火花が飛び散りそうな勢いでしたが、割って入ったのは、やはり王妃様でした。
「陛下、伏儀様。どうかお納め下さいませ。海の王国がどれほど豊かかお知りになったら、どれほどつまらないものを持ってきたのだ、とお思いになります わ。私のために払った対価と、その後にかけてくださいました情けに比べましたら、本当にこれですら足りませぬ。どうかお願いいたします」
そう仰ってから、伏儀様を側にお呼びになると、王子を受け取りながら、耳元にその唇を寄せられて、
「兄も私に劣らず頑固ですわ。どうか、お納め願えませんか?」
王妃の甘い声音に、耳をくすぐられ、王は思わず承知と頷いてしまわれました。
「これでそなたの髪を飾る冠を作ろうか。さぞ、似合うことであろう」
そう仰りながら、巨大な真珠を受け取られました。
「さて、これから王子の誕生を祝って宴が開かれます。ぜひ、王妃のお身内の方として、聞仲殿にはご出席いただきたいのだが如何であろうか?」
「ふむ。喜んで出席いたそう」
「ご母堂殿、申し訳ない。御気分を害さないでいただきたいのだが、我が国の風習では、このような宴は男のみとなっております。別室で妃とご歓談ご会食できるように整えます。それで宜しいであろうか」
博識な王は、男女の別を設けない国もあるとご存じでしたので、このように気遣われたのでありました。
そのお気遣いを感じたのでしょう。母君は、笑いながら
「郷に入っては郷に従え、と古来より言う。私が出て行けば返って娘の障りになるであろう。娘ともゆっくり話したいしの。お心遣い感謝いたす」
王子の誕生を祝う宴はそれは盛大なものでした。なにしろお世継ぎの誕生です。 これで国も安泰だと皆、喜んでおりました。
この宴で一際異彩を放ったのは、申すまでもなく聞仲殿でした。
王妃の兄君である、と王が紹介なさいましたが、家臣一同厳しい眼差しを弛めることができません。
なにしろ出自の知れない王妃の兄が、世継ぎの誕生と共に現れたのです。どんな輩か見極めるまでは、気を抜くことはできません。
聞仲殿は笑み一つ浮かべず、王の隣で座っておられました。その迫力たるやただならぬもので、警戒する臣下達も、この方が並の人物ではないことはわかりました。
その聞仲殿の隣で、王は全くひるむことなく祝いの挨拶に答えたり、聞仲殿に紹介したりなさっておいででした。そのお姿は誠に立派で、若い王の威厳を高める形になっておりました。
臣下の中では、ただ一人、張奎だけが聞仲殿に敬意を払い接しておられました。 恋仲の高蘭英に、とにかく丁重に扱うように言われておりましたから。それが国と張奎のためだと。
高蘭英としては、海の王国云々はともかく、水に潜って死なず濡れず、立派な真珠を抱えてくるほど豊かで、部屋を一撃で破壊する武技を持っているのは、 自分の目でみた確かなことで、国のためにも誼を通じておくべき相手と考えたからです。
宴は、楽しむ様子が全くない聞仲殿を除いては、皆たいそうな喜びで盛り上がり、王も大変満足そうでした。 夜も更けると、王は、聞仲殿をともなって、王妃と母妃にご挨拶なさいました。それから、聞仲殿を寝所にご案内すると、 ご自分は、しばらく帰っておられな かった自室へ戻られました。
王のご配慮の如く、母娘は夜遅くまで、語り合っておられましたが、そのうち、娘の疲れを思いやった母君に促されて、お二人ともお休みになられました。
翌日、朝議の後、王は王妃様の元へお見えになりました。
「如何か? 普賢。体は大丈夫か? お母君もよくお休みになれましたでしょうか? なにかありましたらすぐ申しつけてくだされ」
「陛下。ありがとうございます。おかげで母と語ることができました」
「うむ。よい目覚めであったわ」
「普賢、すまぬが、これから視察にでる。もし宜しければ聞仲殿にもご一緒に来ていただこうかと思ったのだが、如何であろう」
「まぁ、宜しいのですか?」
「もちろんじゃ、聞仲殿にはわしの国を、いやわしらの国を良くご覧になっていただきたい故」
「喜んでご一緒することと思いますわ。今、兄を呼びますわね」
ちょうどその時、聞仲殿が、海からあがって部屋の中に入って来られました。
「お兄様、今、お呼びしようと思っていたところですの。陛下が、ご視察に出られるのですが、お兄様もご一緒にとお誘い下さっておいでです」
「ふむ。同行いたそう」
「もう、お兄様ったら」
視察に出られた聞仲殿は、表情には表しませんでしたが、感心なさっておいででした。 この若い王が皆から慕われているのが、よくわかりましたし、国は平和でしたし、海の王国に及ばないものの豊かで、人々の表情には笑顔と余裕がありまし た。
王の統治の優れていることは、明らかでした。
城に帰って来ると、王と二人きりになる機会を得た聞仲殿は、海を眺めながら、語り始めました。
「これも巡り合わせ。あれは幸せそうで、ここにいたいと望んでいる。兄として、私はその望みに従いたいと思う。だが」
そういいながら、王の方に向き直ると
「だが、あれが、少しでも不幸だと感じたら、連れ戻しにくる。そのつもりでいるがよい」
「そのようなことは、おこりますまい。 少なくとも、わしは、必ずや普賢を幸せにする覚悟です」
「そうか、ならばよい。あれも変わったものよ。陸に嫁ぐことをあれほど嫌がったというのに。どれほどの目におうたのか。私には話してくれぬがな」
「兄君・・・・・・こう申したら、少しはお心の慰めになりましょうか?」
一呼吸おいて王は口にした。
「普賢の門をくぐったはわしが初めてでただ一人の男にございます」
一瞬、ものすごい怒気が聞仲殿から巻き起こりましたが、すぐにそれをおさめると
「そうか」
そう、一言、仰って、また海の方を向いてしまわれました。
そのまま、人が呼びに来るまで、日の沈む海をお二人は無言で眺めておられました。
その夜もつづけて宴が行われ、聞仲殿も少しはうち解けられた様子で、受け答えなさっています。 特に張奎殿のことはお気に召されたらしく、いろいろと質問なさっておいででした。
一方、張奎殿は、その質問の鋭さに、たしかな教養と国を運営するものの視点を感じて、すっかり感服すると同時に、国の名を辱めぬように適切な返答をするのに大変な緊張を強いられました。
そして、この夜も、王は、お休みの挨拶を王妃と母妃になさいましたが、そのまま自室へと帰られました。
翌日、朝早く、今度は、聞仲殿の方が、王のところへやっていらっしゃいました。
「朝議の前に話があって参った」
「なんでありましょう」
「私は、今日、国へ帰る。いつまでも国をあけておくわけにはいかぬ。迎えの船を呼んだので、それを港に入れたいのだが、かまわぬか」
「船ですか? もちろんかまいませんが」
「では、昨日行った一番大きなあの船着き場を空けてもらいたい」
「わかりました、そのように、手配いたします」
船など用いずともよいはずの聞仲殿が、船を手配したことに一抹の不安を感じましたが、昨日の聞仲殿のご様子を思い出し、王妃を連れ帰ることはあるまい、と思い直し、聞仲殿の仰るようにすることにしました。
朝議が終わる頃、城と言わず、王都中が興奮に包まれていました。 見たことも無いような大きくて立派な船が港に入ってきたからです。その船は、形の点でもたいそう変わっていましたが、海の上を進んでくる以上、船には違いありません。
船は停泊すると、はしごをかけ、中からはたいそう立派な人々が現れました。 そして、出迎えた港の警備隊長に向かって
「我らは、聞仲様にお仕えする者。妹姫、普賢様の婚儀の結納の品を納めに参った」
そういうと、そのまま王宮へ向かって進み始めました。 その人々の衣装、飾りの豪華なこと。また、持っている祝いの品らしいものもたいそう豪華でした。
先頭は、赤、青、緑のとてもとても大きな宝石のついた巨大な金の王冠が。その後ろにはこの国の人が見たことも無いような素晴らしい宝物の数々。豪華で豪華でここでは語り尽くせません。
その後、何代もに渡って、この国の人たちはこの行列のことを語り続けたものです。
今や王国中が、王妃様が海の王女だと言うことを知りました。
伏羲様は賢王として慕われていましたが、豊かで強大な海の王国という新たな後ろ盾を得られたのです。お世継ぎの誕生で喜び合った人々は、さらなる喜びに、嬉しさを爆発させ、祝いの宴を繰り広げました。
聞仲殿が海の王国へ帰ったあとも、しばらく王宮に滞在されていた、王妃の母君でしたが、
「我もそろそろ帰ろうと思う」
と言い出されました。
「義母上、どうかもう少し居て下され。后もまだまだお母上には居て欲しいことでしょう」
「ありがたいこと。だが、この辺が潮時。我もそろそろ帰らねば。聞仲がいまだ后を娶らぬゆえ、我も仕事が山積みでのう」
「お母様・・・・」
「普賢。伏羲殿の言うことを良く聞いて、かわいがっていただくのですよ。」
母娘はしっかり抱き合って別れの挨拶をなさいました。
聞仲がこのまま后を迎えねば、そなたたちの子に跡を継いでもらわねば成らぬかものう。できればもう一人か二人、普賢に子をなしてもらいたいものじゃ、こう母上は考えておられました。
母君の竜吉様が帰られた日、久々に、王は王妃の部屋を夜のとばりが落ちる頃訪れました。
「普賢、お母上が帰られて、寂しいであろう」
「母が帰ったことは寂しくありますが、陛下が来て下さったのですもの、大丈夫ですわ。来て下さって嬉しいです」
「妻の元へ、夫がくるのはあたりまえであろう」
そう仰ると、王は王妃の手をとられ、軽く口づけされました。
「陛下・・・・」
「口吻するだけじゃ。それ以上はせぬ」
「・・・・・して下さらぬのですか」
「そなたは、子供を産んだばかり。無理をしてはならぬ、と皆にきつく言われておる。安心せい」
「・・・・私なら大丈夫です。陸の方たちとは体の頑丈さが違います。母もわかっていて、かわいがっていただくよう言い残していきました。その・・・・陛下・・・かわいがってくださいませ」
そこまで言うと王妃は恥ずかしげに目を伏せてしまいました。
ここまで言われては、王の理性はずたずたです。王妃の体を寝台に横たえると、その薄い夜着を脱がせます。王妃様が、少し体をずらしながら、それに協力します。その仕草にさえ王様は感動を覚えました。
体を重ねると、王妃の腕が上がって、王の背中に回されます。もうたまりません。これまで王様の独り相撲のようだった夜伽に、王妃が応えてくれるのですから。
唇から喉、胸へと口づけを落として行かれます。触れられるたびに王妃が切なげな吐息を漏らし、腕でぎゅっと背中をつかんできます。王妃の胸は、お子様を生まれたからでしょう。これまでよりも大きく張りがあります。その飾りを口に含まれますと、甘い味がしました。
「あっっ」
王妃が声を漏らされます
「嫌か、嫌ならやめるが」
「・・・・・嫌・・・じゃありません。・・・陛下が・・・陛下がなさりたいようになさってくださいませ」
胸の飾りを柔らかく甘く口で舐りながら、手を下へ滑らせていくと、程なく王妃の大事なところに触れました。そこはもう湿っていて、潤っておられます。指を一本入れていくと、驚くほど柔らかく包まれました。残った指で王妃の大事な真珠を押すと、王妃がたまらず身をそらせて、背中にしがみついてきます。
「あぁ、陛下・・・」
「ここか、ここがいいのか、のう普賢」
王妃の反応に気を良くしながら、差し入れる指を増やしていきます。真珠を強く弱くこすりあげるのも忘れません。
「ん・・・ん・・・いい・・・です。・・・・陛下」
「陛下はやめよ。わしの名を呼べ」
そう言いながら、胸の飾りに軽く歯をお立てになります。
「あっ、はぁ、ん・・・」
「わしの名を呼ぶのじゃ。呼ぶまでいかせてやらぬ」
差し入れた指で王妃が反応するところを、強く弱く刺激していきますが、決定的な一手を与えてお上げになりません。
「あ、あ、・・・陛下・・・・・伏羲様・・・お願い、伏羲様」
「望だ、望と呼べ」
「え?・・・・あ、はっ、ああ、望・・・さま、」
王妃様がそうお呼びになるのをお聞きになると、王様は指をぐっと曲げると同時に王妃の真珠をひときわ強くこすりあげ、王妃様を高みに押し上げます。
たまらず、背中を反らせながら、
「あぁ・・・・・」
ひときわ高いお声を漏らされて、その手がぎゅっと王様の背中をつかむと、その後力なく腕が寝台に落ちました。
感じ入って呆然としたお顔の王妃様をご覧になりながら、王は自分の指を締め付けてくる襞を分け入るように、軽く指を動かされます。敏感になった王妃にはそれはたまらない刺激となって感じられます。
「あ、あ」
足が震えておられます。
「望・・・・・さま、」
「様は、いらぬ。望だ、望でいい」
「望・・・・・・望・・・・・ちゃん」
それは郷愁を呼び起こす名でした。伏羲様の幼名は望。ご両親も乳母も亡くなられた今となっては、誰も呼ぶものの無い、親しい者だけが呼ぶ呼び名でした。
「ああ、そうだ、そう呼べ」
「望・・・ちゃん」
「そうだ」
「望ちゃん・・・・・」
王妃様の手が上がって、再び、王様の背中に回されます。抱きしめると
「望ちゃん・・・・ので・・・・・して」
その切ない表情に、王様の中心が熱く熱をおびます。
差し入れていた指を抜くと、王自身が王妃様の中に入っていかれます。
お子様をお生みになって、かつての青い果実のような硬さは失われましたが、そのかわり、熟れた果実のごとき柔らかさで王を受け入れます。その柔らかさで王様に吸い付いてくる感覚に、王様はたまらないものを覚えながら、自身をすすめていきます。
すっかり収めてしまわれると、はじめは軽く動いておられましたが、中の感覚に我を忘れて、すぐに激しい動きに変わられました。
「あ、望・・・ちゃん、い・・・あぁ」
何度も何度も激しく奥をついてきます。
「あ、・・・もう、・・・だめ」
「まだだ、まだ、許さぬ」
「やぁぁぁ、お願い、お願いです」
「いきたいか、わしのものが欲しいか」
「ん、ん、」
「ならば、誓え、誓うのだ」
猛ったもので王妃を串刺しにしながら、動きをとめて仰います
「誓え、どこにもいかぬと誓え」
「・・・・・・どこにも行きませぬ」
王妃様は息を整えながら、仰います
「どこにもやらないで。ここに、ここに、望ちゃんのもとに居させて、離さないで」
その言葉を最後に、王様の動きが再開され、程なく初めて見つめ合いながら二人同時に頂点にお達しになったのでした。
「大丈夫か、つらくはないか」
初めての、心の交わった情交を交わされて、王様は喜びに舞い上がっておられました。王妃様を気遣う言葉を仰りながらも、王妃様の腰をなでてその肌から手を離しません。
「大丈夫です。陛下はいつもお優しいですもの。いつもご自分のこと後回しになさってらっしゃって、陛下こそおつらくありませんか」
「陛下はよせ」
「伏羲様」
「言うたであろう、望と呼べ、と」
「望様」
「さま、もいらぬ」
王妃様は、困った顔をされました。事の最中こそ、夢中で呼ばれていましたが、どうやら、恥ずかしがっていらっしゃるようです。
王妃様のその様子に、王様の中心がまた熱くなってきます。でも、今夜はここまでと鉄の自制心を発揮されました。
「それにしても、お主の兄上と母上は、お許し下さったが、わしのあの所行が知れれば、わしは生きておらなんだも知れぬな」
「まだ気にしていらっしゃったのですか」
あの酔って乱暴に及んだ晩のことです。
「気にしてません、と申したでしょう・・・・・それに、あの、海の王国で乳母が申しておりました。女は三つの場所で、殿方を受け入れられると。・・・そこで喜びを感じられると・・・」
王妃様の顔は真っ赤です。
「・・・・きちんと可愛がっていただければ、きっと・・・・」
「うむ、・・・・そうか、・・・・・そうかのう。時間はある。わしら、これからであろう。二人で末永く睦み合いたいものじゃ」
「はい、陛下」
お二人はゆっくり見つめ合うと、お互いのぬくもりを感じながら眠りにつかれたのでした。
伏羲様の御代は、長く豊かで平和なものであったと今に伝えられております。
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元ネタは、岩波少○少女文庫版アラビアンナイトから。
R18シーンは全て二次創作ですが、大筋はそのままです
成人版アラビアンナイトは、閨の寝物語という設定だけあって、艶話たっぷりで楽しいです。