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小説目次
「勝負は、今から、一刻後じゃ。」
ルールが、元始天尊から発表される。
「普賢、お主は、十二仙の宝貝を全て知っておるな。だから、ハンディとして、太極符印を己のものとして、今から一刻のうちに、扱えるようにせい」
「宝貝には相性がある。だから、普賢が全員に勝つ必要はない。三人に勝てば、普賢の勝ち。十二仙として認めよ」
「試合時間は、1回三分。三分立った時、普賢が試合場内に立っていれば、勝ちとする」
「十二仙は、今から、一刻の間に、試合う順番を決めよ」
「のう、お主、そんなに十二仙なぞに、なりたいのか。宝貝をもらったのだからいいではないか。こんなことで怪我してもつまらんぞ。」
「望ちゃん、う・る・さ・い よ。ちょっと静かにしてて」
普賢の集中を乱して、太極符印の操作を習得させないようにする作戦は、失敗だった。
仕方在るまい、十二仙の方にいって、作戦を・・・・
先ほどのスパイ作戦の名残のような怪しい動きで、十二仙側に行きかける太公望だったが、
「望ちゃん。 どこ・いくの?」
柔らかいながらもはっきりとした声に動きを封じられる。普賢は顔も上げずに
「望ちゃんは、僕のセコンドでしょ?」
「うぬー」
言葉一つで、完全に動きを止められていた。
一方の十二仙だったが、どの順番で戦うかで大もめだった。
「こういっちゃ何だが、普賢は、戦闘向きじゃない。最初の三人でカタがつくはずだ。後ろの奴は見ているだけだろう?」
「だが、元始天尊様は自信たっぷりだぞ。なにか秘策があるんじゃないのか?」
「前もって、渡しておいたとか?」
「いや、元始天尊様がいくらこすっからくても、そこまではしないだろう」
「おい、太乙、あれは、どういう宝貝なんだ。お主、制作に関わったんだろう」
「え、あれに僕は全くノータッチ。元始天尊様みずからの作だよ。たぶん」
「そんなことちゅるから、お稚児さんだなんて、言われるんでちゅよ」
「しーっ。言うな。また、あの重りが降って来ちゃかなわん。」
「全く未知の宝貝。しかも、元始天尊様作か」
「相当用心した方がいい。」
「太乙、お主まず、行け」
「えー、なんで、僕が? そもそも、僕、普賢の十二仙就任に賛成しているんだよ。なんで、戦わなきゃならないのさ。」
「お主は、わしらの中では、戦闘タイプが違う。お主が行って、まず様子を見よう。それにお主の捕獲宝貝なら、そうそう怪我をさせることもあるまい」
「じゃぁ、次は」
「おれが行くぞ」
「いや、自分だ。わくわくするなぁ」
結局、二番手以降はくじ引きで決めることになった。
くじを引き終わった頃、勝負の刻限となり、十二仙は策らしい策を立てることなく、それぞれの裁量に勝負は任されることになった。
広い会議室がそのまま、『試合会場』となった。
ちなみに、会議室に座していた大きな円卓は、元始天尊の盤古幡によって、片付けられていた。
「では、」
と、審判として急遽呼ばれた竜吉公主が、両者に声をかけた。
「床に描かれた円の内側が、闘技場じゃ。ここから出たら、その時点で負け。試合終了の時点で、円内で立っている物が勝者じゃ。もし、両者とも、円の内側に立っていた場合は、普賢の勝ちとする。」
「両者とも、よいな?」
そう言いつつ、普賢を見やる竜吉公主は心配げであった。
急用だから、大至急来るように、そう言われて飛んできて見れば、普賢の十二仙入りを懸けた試合を行うと言う。
無茶なことをと、元始天尊に抗議したが、聞き入れない。
普賢は、公主が来たことすら気づいていないのでは、というほど、集中していて、声をかけられなかった。
そんな公主に太公望が忍び寄って、
「のう公主、お主も普賢が心配であろう。だから、な、普賢が怪我をする前にだな・・・・」
なにやら、こそこそささやく
「そんなこと、できるわけ無かろう。男同士の真剣勝負に、水はさせぬ」
「そんな頭の固いことでどうする。そうだ、何も普賢を負けさせなくてもよい。お主ならそれこそ、文字通り水入りにできるであろう?、普賢が危なくなったら、こう、水をかけてだな・・・・」
ともあれ、試合は開始された。
最初の試合、太乙対普賢は、開始早々、勝負がついた。
太乙が放った捕獲用宝貝が、普賢を捕らえる寸前で落下し、動きを止めてしまったのだ。
「太乙ーーー、故障か?————。 他の宝貝出せーーー」
外野の声をよそに、太乙と普賢は、円内の端と端に、立ったまま。墜落した太乙の宝貝を挟んで、お互いの姿を見ていた。
「太乙様、どうぞ、他の宝貝も、いいですよ」
「持ってきていないよ。これ一個だけだよ。まさかこんなことになるんて、会議に来る前は思ってなかったからね。それに」
苦笑いしながら続けた
「・・・・それに、壊される宝貝は一個でいいよ。どうやったんだい?」
「えーと、この太極符印は、元素を操れるようなんです。」
遠くで太公望が怒鳴っている
「馬鹿者! 手品の種を教える奴がおるか!!!」
円内の二人は、太公望の怒鳴り声など、どこ吹く風だった。
「そうか、元素をか。で、どこをねらったんだい?」
「はい、動力部の支えの金属棒を液体に変えました。それだけなので、後で戻しますから、そこは簡単に治ります。ごめんなさい、落としちゃって。傷ついちゃったかも」
「いや、外殻は大丈夫。そんなに柔じゃないから。そっか、動力部の設計は普賢も見ていたからね。しまった、これじゃない宝貝持ってくれば良かったか。普賢とここで最終調整する気でさ。」
「では、後ほど修理してから、調整ってことでいいですか?」
「そうだね。で、その宝貝、どんな元素でも操れるの?」
「ええ、そうみたいです」
科学談義が続く中、試合終了の時間となった。
「勝者、普賢!」
竜吉公主の声が響き渡った。白鶴童子がどーんと銅鑼を鳴らす。
太乙は、円内から去ったが、普賢はそのままとどまる。引き続き二回戦というわけだ。
その普賢に、円の外から太公望が怒鳴る。
「お主馬鹿か。相手に宝貝の正体をばらしてどうする!」
「あはは、望ちゃん、セコンドっぽい。」
「何を笑っておるのだ。次は道徳が来るぞ。あの宝貝を戦闘不能にしたとしても、道徳自身が、素手で来るぞ。どうする気だ。」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから。」
「どう大丈夫なんだ?」
と、言い終えるより先に、竜吉公主によって、二回戦の開始が告げられた。
今度は開始早々、降着状態に陥った。
今度も、円の端と端に双方立っている。
違うのは、道徳は必死で動こうとしていることだった。
何か、強烈な力が、普賢の方から発せられて、円の外側へ押し出されそうになる。それに逆らって、普賢の方へ向かおうとするが、思うようにならない。
「すごいな。重力まで操るのか」
十二仙側に戻っていた太乙がつぶやいた。
「重力?」
「元始天尊様の盤古幡と同じだよ。形が似ているだけじゃなく、性質も似ているんだよ、あの宝貝」
「やっかいだな」
「だが、使いこなせているわけじゃなさそうだぞ。普賢も必死だ」
円内では、道徳が
「すぽーーーーーつぅぅぅぅ」
と、声を振り絞りながら、じりじりと、普賢の方へ、歩みを進めていた。
普賢も太極符印をなんとかあやつろうと、真剣そのものだった。
宝貝無しでも、小さな無性物を動かすことはできた
その応用、とわかっているが、意志ある物体の動きに逆らうのは容易ではない。まして、相手は十二仙だ。
息が上がり始めた。
そして、勝負はついた。
普賢まで後一歩の所まで、たどり着いた道徳だったが、そこで時間切れになった。
両者共に立っていた場合は普賢の勝ち、というルールが再度適用されて、普賢の二勝が決まった。
「次は、私が行く」
普賢に先に二勝されて、後の無くなった十二仙側では、玉鼎がこう宣言した。
「あの宝貝、そして使い手の普賢もたいしたものだ。だが、発動までに時間がある。その前に勝負を決める」
「そうじゃな、普賢の力が確かな事はわかった。十二仙として、仲間に迎える事に異存はない。皆、そうであろう。だが、一勝もできずに終わるわけにもいかん。わしらにも先輩としてのメンツってものがあるでのう。お主の言うように、わしより、お主の方が、あの宝貝には向いておるじゃろう」
一方、普賢は、息を整えようと懸命であった。
「普賢、お主、次は、不戦敗にせい。1回負けても、まだお主の方が有利じゃ。」
「望、ちゃん・・・・ありがとう。でも、大丈夫。・・・・・それより、危ないから、下がっていて」
「何言っとるか、大丈夫じゃ無かろう。危ないのは、お主の方で・・・・」
そうしている間に、玉鼎が円内に入ってきた。既に、抜刀の構えに入っている。開始の合図と共に、漸撃をを放つつもりだ。
「望ちゃん、下がっていて」
普賢の迫力に気圧される形で、円から離れる。
竜吉公主が、渋々ながら、試合の開始を告げようとした。
「それでは、三回せ」
「え、ちょ、ちょっと、待って!」
いきなり、あわてた普賢の声があがる。
「待ったは無しだ」
と、玉鼎真人。
そして、勝負事は公平に、が信条の竜吉公主も、その普賢の声にひるむことは無かった。
「・・戦を始め・・・」
最後まで言い終えることはできなかった。
玉鼎真人は、開戦の合図と共に、剣を抜き、勝負をつける気だった。普賢の手から、太極符印だけ落とすか、峰打ちにする事も考えたが、確実な手で行くことにした。
斬仙剣で、太極符印ごと普賢を場外へ、吹き飛ばすつもりだった。
手荒い方法だが、計算もあった。自分から見て、普賢のちょうど後方に太公望がいる。
普賢を太公望にぶつける形にすればいい。
華奢な普賢が、自分の漸撃で壁にぶつかれば仙道といえどただですまないだろうが、太公望が緩衝材として間に入れば大丈夫のはずだ。
太公望は、存外、丈夫だし、ゴキブリ並の生命力がある、と玉鼎は考えていた。
しかし、玉鼎が抜くより早く、つまり、試合の開始の合図がなされる前に、きーんと耳をつんざくような音と共に激しい風圧が巻き起こり、全てが吹き飛んだ。
元会議室である闘技場の壁と天井がきれいに吹き飛んでいた。
この状況でも、さすがに、元始天尊は無傷だった。盤古幡で衝撃を全て無効化していた。その元始天尊に後ろにかばってもらった形の白鶴も無事。
そして、水のベールで常に完全防御の竜吉公主も、空中を回転する羽目にはなったが、傷一つ負ってはいなかった。
十二仙の方は、惨憺たる有様だった。皆、生きてはいるようだが、がれきに埋もれてしまっている。
比較的軽傷だったのは、太乙と玉鼎のみだ。
太乙は、近くにあった防御宝貝が盾となった。宝貝ごと吹き飛ばされて、宝貝の内部に頭をぶつけたが、それだけであった。
玉鼎は、既に、抜刀体制に入っていたため、風圧を感じると同時に剣を抜き、衝撃波に自分で放つ衝撃波をぶつけた。しかし、それが精一杯で、身体は後方に吹き飛ばされる形になった。戦闘態勢だったのが幸いして、受け身を取ることができたため、小さな擦り傷程度ですんだのだ。
この被害をもたらした張本人である普賢は、といえば、闘技場のあった場所で、太極符印を抱えたまま、膝をついて、息を荒くしていた。普賢の後方にいたため、これまた、軽傷で済んだらしい太公望が近くに、駆け寄ってくる。
「ごめん、な、さい。みん、な、大丈、夫?」
「大丈夫、皆、生きておる。ゴキブリ並の生命力だのう」
自分のほうこそ、その十二仙の一人にゴキブリ扱いされていることことを太公望は知らなかった。
「そう、なら、よかった。」
そんな普賢の元へ、元始天尊がゆらりと近寄った。
「まだまだじゃな。宝貝を制御するのは、中々難しいぞ。とくにお主のはな」
「はい、すみま・・・せん。」
「もう少し、体力もつけんといかんのう。宝貝は、術者の力を吸い取るでのう」
この日、全員一致で、普賢の十二仙昇格が、承認された。
十二仙に昇格後、普賢の生活は変わりもしたが、変わらぬ部分もあった。
変わったこと、 その1。
仕事が増えた。
十二仙専用の乗り物、黄巾力士を支給されたことで、行動範囲がぐっと広がった。逆に言うと、崑崙中をかけずり回ることになった。
元始天尊の用事を一手に引き受けて、右に左に動いていた。
おまけに、専用宝貝太極符印の便利さが知れ渡ることになり、その力に助けを求める声に、上に下に動いていた。
「だから言うたであろう。爺いにこき使われるだけだ、と」
「望ちゃん、元始天尊様のことをそんな風に呼んじゃだめだよ」
「おぬし十二仙になってから、頭が堅うなったのではないか。爺いはじじいであろう。」
「・・・望ちゃんってば。第一、今日は元始天尊様のご用事じゃないよ」
「はて、そうであったかの」
「もう、望ちゃんこそ、ぼけちゃったんじゃないの。今日は、広成子さんのところで、土木工事のお手伝いだよ」
十二仙同士は同格だから、尊称はいらないと言ってもらっていたが、いきなりは無理で、この頃はまだ皆のことを「さん」づけで呼んでいた普賢だった。
今日は土木工事。つまり、洞を拡張したいので、来てくれと呼ばれていた。
その他にも、引っ越しから、花の水やりまで、幅広く対応する太極符印は、崑崙一働き者な宝貝と呼ばれつつあった。
太公望に言わせれば、
「働き者なのは、宝貝ではのうて使い手の普賢だ、ばかもの」
の一言であったが。
変わった事、その2。
自分の洞を持つことになった。
仙人になったので、元始天尊の所から、独立せい、と言われて洞を構えるこのになった。
まだまだ若輩の身だからと、当初は、崑崙の端っこの方にお手頃な物件を探していたのだが、当の元始天尊から、待ったがかかった。
遠すぎる、と。
わしの用事はどないしてくれる、というわけだ。
それを聞いた太公望は、またもや
「ほれ、いうたではないか。こき使われるぞーーー」
「望ちゃん、その変な顔やめてよ。宇宙人みたいだよ」
最終的には、竜吉公主が、異母弟の燃燈が住んでいた洞が空いている。そこはどうかと持ちかけてきた。竜吉公主の住まいからも近い、いわゆる高級住宅街の一角だった。
硬派だったと噂の高い燃燈にしては、イメージに合わぬ居住地であったが、異母姉を心配する余り、自分の趣味と信念を曲げてそこに住んでいたのであった。
燃燈が、十二仙を抜けた後、つまり、死亡が宣告された後、空き屋、もとい、空き洞として竜吉の管轄となっていた。ここへの居住を勧められたのだ。
「えーと、ありがたいんだけど、ちょっと、ううん、大分、贅沢な気がするんだけど。僕、駆け出し、だし」
「何をいうておるのじゃ。お主は今や十二仙じゃぞ。どこに住んでもよいであろうよ。贅沢というが、燃燈の洞は、贅沢とはほど遠い代物ぞ。あやつがいなくなって以来放置してあった故、手入れがかなり必要でもある。それに、ご近所に空き屋があっては、なにかと不用心で、私も枕を高くして眠れぬ。かといって、燃燈の住まっていた洞を譲るに、誰でもいいというわけにはいかぬ。」
竜吉公主にしては、珍しい勢いで一気に話した。途中で言葉を止められたら台詞を忘れてしまいそう、とでもいう勢いだった。
台本を書いた太公望は、横で、うむうむと、素知らぬ顔で頷いていた。
不用心っていうけど、崑崙で、竜吉公主に不埒な振る舞いをする輩がいるであろうか、いやいるまい。眠れぬ枕は誰の枕であろう。
変わらなかったこと、その1。
寝食は、元始天尊のところのまま。
燃燈の洞は、すぐには住める状態ではなかったことと、元始天尊の用事の多さに、結局、普賢は玉虚宮で、寝泊まりしていた。
仙人としては、居住空間に難癖をつけるのは不届き千万と言えたが、なにせ、最後に燃燈が大暴れしたのかあちこち壊れていて、岩の形を保っているものの内部はスカスカ、高級住宅とはほど遠く、むしろいわゆる欠陥住宅であった。
あっちを補強。こっちを改造。暇を見ては、自分の洞(予定)の手入れをするようにしていたが、その暇がなにしろ無かった。
普賢が自分の洞に完全に生活を移すのは、木タクが弟子にやってきてからの事になった。
変わらなかったこと、その2
太公望との仲。
普賢が中々元始天尊の所から生活の拠点を移さなかった事で、碧雲、赤雲は、盛り上がった。
これはやはり、太公望と離れがたいのであろう。もしかしたら!
なんて、彼女たちは勝手な期待?をしていたが、その期待に応えてはもらえなかった。
普賢は仕事に忙しかったし、太公望はさぼるのに忙しかった。
「なにも、あんなに手間暇かけてさぼらなくてもいいと思うんだけど。この前なんか、究極のナマケを開発するとか言って、一週間、岩の上で、瞑想するふりして昼寝してたんだよ。お仕事で、崑崙回って一週間後に返ってきたら、まだ同じ姿勢で寝てるじゃない。僕が、回収してこなかったら、きっと、根っこが生えていたと思うよ」
一緒にいる時間が減って、でも、今までどおりの親密さで、遠くもなく、そして、近くもなく、互いがそこに存在していた。
何故、人は殺し合うのだろう? 最近普賢が思うのはこのことだ。
元始天尊は何も言わないけれど、戦いが近づいているのが分かる。
この間、崑崙本体の動力部の点検を、太乙と共に命じられた。定期点検だというが、とても信じる気にはなれない。
人間界の情勢は、この数年で緊迫の度を増した。
殷王の統治が怪しくなってきている。
金鰲の仙女が、殷王室に巣くい暗躍している
今までにも増して、大量の奴隷を各地より徴発し始めた。
他の十二仙もなにか感じているのだろう。
最近、太乙から依頼が来るのは、戦闘宝貝に使いそうな合金の精錬ばかりだったし、他の十二仙からも、特訓用の高重力場の展開を求められることが多くなった。
どうして、戦うのだろう。傷つくだけなのに。
かつて、人間界にいた頃、戦争で傷ついた多くの人々をみた。
邑をおそった兵士たちに妻子を殺され、守れなかったことを嘆く男がいた。
その一方で、邑を襲って人を殺したことの恐ろしさに震える男がいた。
どちらも苦界の中にいた。
あの人たちを救ってあげられなかった。
快楽で、一時その苦痛を忘れさせてあげることしかできなかった。
今なら、もっと違う形で寄り添えたのではないだろうか。
もっと、言葉を重ねて、心を沿わせてあげられたのではないだろうか。
今、霞を食べても生きられる身となって、余計に分かる。殺すことの恐ろしさを。自分の食料としてでは無く、他者の命を奪うはてにあるものは。
恐怖だ。
自ら生命を支えるためとの言い訳無しに、人は何かを殺せない。まして、自らの形をした同胞に向けた刃の言い訳は、なんとしよう。殺さなければ、殺された。その言い訳で蓋をする。
でも、魂は叫ぶのだ。他者の犠牲の上に立つ、生命の残酷さを。
そして、犠牲となったものの悲しみと憎しみを。
その果ては、どこにいきつくのだろう。
戦争は、悲しみと憎しみを大量にまき散らしながら進む嵐のようだと思う。
もし、自分にこの嵐を止める力があるとしたら、止めたい。そのために自分に課せられた役割があるとしたら、それを自分は果たすだけだ。
十二仙として、それがつとめであり、自らの決意だ。
一時の慰めではなく、根源からの解決を、それが願いだった。
崑崙でかつて、床を共にした男たちに対しても、今は申し訳なさがある。
一時の快楽で慰めず、もっと言葉をつくすべきだった。
もっともっと、彼らのことを、知るべく、言葉を聞くべきだった。
今、そのような者たちが訪ねてくると、よく話を聞くことにしている。ただただ聞いている。何かいい言葉をかけてあげたいのに、自らのうちにその言葉がない、そのもどかしさがつらい。
そして、彼らのすがる目をみていると、全てを許したくなる。全てを与えたくなる。
だが、身のうちに声が響いて思いとどまる。
「それは、わしが嫌だ」
そう、身の内に。
前は、直接妨害しに来ていたのに、最近はそれもない。
さぼりに磨きをかけている、と噂で聞くばかりで、しばらく声を聞いていない。
「最後の準備をしているんだね。ありとあらゆる予想と対策を、今、考えているね。きっと。」
殷の暴虐をこれ以上崑崙が許すなら、おそらく太公望は、仙人界を辞すだろう。人間として、その誤りを正しに行くに違いない。
その時、自分はどうするだろう。
決まっている。隣にいるのだ。
「望ちゃん」
あんなに悲しんでいるのに。
あんなに傷ついているのに・・・・・・誰よりも
なにもしてあげられない。
「だから、望ちゃん、せめて隣にいさせて」
封神計画を告げられた太公望は、実行者としての任につく前に、三日の猶予をもらった。
待ちにまった機会が巡ってきたという、してやったりの感覚。
自分にこの大役がつとまるのかという不安の感覚。
自分という道士が人間界に働きかけるという、理想との矛盾の感覚。
事の重大さを考えれば、自分の心に惑いがあってはならなかった。
おそらく自分はこの計画に参加する。
便乗するといってもいい。
それは、はっきりしていた。
それなのに、迷うとは。
普賢に会いたかった。会って、話をしたい、そうすれば、きっと・・・
だが、会って。
会って、どうするのだろう。
行けと励まして欲しいのか。それとも、止めて欲しいのか。
どれほど、この時を自分が待っていたのか、普賢はおそらく知っている。
争いの嫌いな性格だから、行け、とは言わないと思う。
この計画自体、反対だろう。
だが、このまま人間界を放っておくことを良し、ともしないはずだ
一緒に行くとは言ってくれそうな気がするが。
その考えは、気持ちを温かくすると同時に暗くもした。
では、行かない、引き受けないという選択肢はあるのだろうか。
だめだな、そう思った。
十二仙が不適当だとういうなら、天才道士と名高いヨウゼンがこの任にあたるのやもしれぬ。だが、仙人界で育ったヨウゼンに、どれほど人間界への思い入れがあるだろうか。
玉鼎が嫌がる故、ヨウゼンには未だ会ったことが無かった。
嫌がっているというのは推測に過ぎない。しかし、玉鼎は、はっきりと言ったことは無かったものの、太公望たちとヨウゼンの交流を望んでいないようだった。
ヨウゼンを普賢に会わせたくないのだ、なんと過保護な、と思っていた時期もあった。だが、ここまで頑なな所をみると、何か他の理由があるやも知れぬ。安易に踏み込むことはできなかった。
その会ったこともない男にこの任を任せるわけには、行かない。
いや、誰にも任せられない、任せたくないのだ。
他の誰でもなく、この自分がやらねば、それこそ生きている意味もない。
普賢の優しい手を拒んだ意味もない。
あの優しい手に包まれて、全てを忘れることができたら、どんなにか良かったのに。
決心を決めて、元始天尊の待つ○○へ向かう途中の岩に、普賢がいた。
「決めたの、望ちゃん。」
「うむ」
「そう」
「どう決めたとは聞かぬのか?」
「どうって、だって、決まっているんでしょ。それが、願いだったことでしょ? ねぇ、望ちゃん。」
「一緒に連れて行って」
一瞬の沈黙。
そして、
「だあほーーーーー。連れて行けるか!!」
「なんで?」
「お主、仮にも十二仙だろうが。お主を連れて行ったら、それこそ金鰲と全面戦争になるだろーが。」
「仮にもって、ひどいなぁ。じゃ、十二仙やめる」
「だーーーーっ。やめました、そうですか。って相手じゃなかろうが。相手に口実を与えるでない。仙人同士で、ドンバチやったら、地上はぺんぺん草一本生えぬ様になってしまうではないか」
「望ちゃん、ペンペン草って何?」
「ぺんぺん草とはのう、って、んなことどうでもいい。」
くすくすと普賢が笑った。
「何が、おかしい。」
「いつもの望ちゃんになったと思って。あーあ、こんな事なら、十二仙になんてなるんじゃ無かった。」
「こき使われてばかりおるしのう。」
「そうそう。だから、望ちゃんもたまには働かなきゃ」
「むー。そうだのう」
「ちゃんと、働いて、目標達成して。やるからには成功させなきゃ。望ちゃんが、途中でいなくなったら、この計画はそこで失敗。終わりだよ。」
「むむむ、プレッシャーをかけるでない。」
「実のところ、みんな大反対したんだよ。一人でやらせるなんて、あんまりだ、とんでもないって。しかもこんな直前に発表するとは何事だって、大紛糾だったんだから。もうちょっと早く言ってくれていたら、自分の弟子を手伝いに出せたのに、って、何人もが言って。道行なんか、自分が望ちゃんの頭巾に入ってついていく、って言いだしたし」
思わず、自分の帽子に手をやって、道行がいないことを確認してしまう。
「でも、結局、他に適任者はいない、って、元始天尊様に言い負かされちゃって。もう本当、狸爺いだよね」
ねぇ、と一息ついてつづけた
「ねぇ、望ちゃん。みんな望ちゃんと一緒に行きたがってる。力になりたがっている。それを忘れないで」
「おぅ」
「いってらっしゃい」
「おう」
洞に入っていく太公望の後ろ姿を見ながら思う。
今はまだ一緒に行けないけど、時期が来たら、自分たちも戦場にでるだろう。
その時は、太公望の側で、その役に立ちたい。
望ちゃんの願いを叶えてあげたい。