「それで、お主と太公望の間はどうなっているのじゃ?」
「僕と望ちゃん?、特に変わりなしです。どうしたんですか? 公主」
二人の前には、お茶とお菓子が置かれていた。ここは、竜吉公主の鳳凰山。
お茶とお菓子は、公主の弟子、碧雲、赤雲が、用意したものであったが、普賢と主の前に並べると、部屋を下がっていった。常には、無いことであった。
普賢は、未だ若輩の道士に過ぎなかったが、なんと言っても元始天尊の直弟子であったし、なにより、公主が気を許す数少ない人物であったので、赤雲、碧雲の二人は丁重にいつももてなした。が、大抵、彼女ら二人も、お茶の席のお供をしていることが多かった。
普賢も竜吉もそれを望んだからだ。普賢曰く、人数が多い方が楽しいでしょ、と。
家庭教師のお姉さんと教え子、という関係で始まった竜吉公主と普賢は、いまや、茶飲み友達の間柄になっていた。
究極のお嬢様と、究極の下町育ち。極端な取り合わせではあったが、意外なほどしっくりなじんでいた。なにより、お互い、相手が変な気を起こさない、という意味で気楽な関係と言えた。
普賢の場合、相手がそのような気を起こしても、これまで、一向、かまわなかったのだが、なにせ、通常、仙道たちの方が、近づいて来なかった。普賢に関わって、崑崙から立ち去らねばならない仕儀に陥るのをおそれていたからである。例外は十二仙だったが、太乙と道行をのぞけば、彼らはむしろ太公望と親しい間柄で、彼らと関わるときは大抵、太公望も一緒の時であった。つまり、個人的な交流があるかと言われれば、否と答えるよりない。
一方、竜吉の場合は、氏素性、その美貌、仙人としての能力。どれ一つとっても、相手を圧倒させずには置かない代物で、並の仙道では、相手の方が萎縮してしまって、こちらも気楽な会話とは、いかなかった。
その点、普賢は、萎縮などという言葉とは無縁だった。竜吉のそれらのパーツに敬意は払っていたが、それだけであった。
「普賢、桃の実がなったぞ、来ぬか」
などと、使いが出されて、普賢がやってくるのが常であった。
太公望も時々一緒に来ていたが、
竜吉に「お主が来ると、ほんに、騒がしい。少しは静かにできぬのか」などと、お小言をもらうことも多いので、食べ物以外の誘いでは、最近は滅多に同行しなくなっていた。
今回の使いは
「珍しい書物が手に入ったので、どうじゃ、来ぬか」
というもので、当然のように、普賢一人が来たのだった。
そして、開口一番、冒頭の台詞である
「それで、お主と太公望の間はどうなっているのじゃ?」
「僕と望ちゃん?、特に変わりなしです。どうしたんですか? 公主・・・・・・誰に頼まれたんですか?、赤雲ちゃんに、碧雲ちゃんも出てきたら?」
「えーっと、ばれてましたか」
「うん」
にっこりほほえまれて、罰が悪そうな二人であったが、いそいそと喜んで席についた。自分たちだって、聞きたかったのだ。
一方の竜吉公主は
「あー、誰に頼まれてもおらぬ。」
対人関係が希薄な分、嘘が下手であった。視線が泳いでいる。
元始天尊、恨むぞ。私に、この役はむかぬと申したに。
「そう」
もう一回、にっこり。
だめだ、公主様の負けだ。赤雲、碧雲は、感じた。だが、師の窮地を救うのが弟子のつとめだ。
「あの、私たち、気になって、気になって。それで公主様にお聞きして欲しいってお願いしたんです。」
「最近、迫ってきた男の道士どもを、手ひどく返り討ちにしたって、聞きました。」
「どういう心境の変化なんですか?」
弟子たち二人の頑張りに励まされて、公主も再び参戦した
「そうじゃ、どういう心境の変化じゃ。」
道士どもって、たった二人なんだけど。それに、手ひどく返り討ちにしちゃったのは、そのうち一人だけなのに、それが、どうして、みんなの知るところになるの?
「え、別に。」
「別にって、ことはないですよね。」
「そうですよ。だって、今まで、来る者拒まずだったじゃないですか」
「千人切りって、言われていたのに変です」
この子たち、意味わかって使っているんだろうか?
「あの、千人って、それは、あんまりじゃ」
「あ、すみません。あの・・・」
「だって、第一そんな人数ここにいないでしょ。崑崙に来てからは。待って、えーと、」
指を折って数え始める普賢に、赤雲は目を見開き、碧雲はなぜか瞳を輝かせ、そして、竜吉公主は眉をひそめた。
最初の事件?以降、、この手の話題を普賢としたことは無かったのだ。
すれば、こういう展開が待っているとわかっていて、この話題は持ち出さないように、特に弟子の前ではしてきたというのに。
普賢の指が、両手を折って、まだ足りず、開いて次を数え始めたのをみたところで、公主が止めた。
「もうよい」
「それは、もうよい。で、何故、ここに来て、方針を変えたのじゃ」
「そうですよ。それで、きっとそれは太公望様が関わっておいでに違いないって」
「ええ、私も絶対そうだって、太公望様だって」
「うーん・・・」
「太公望様と、恋人同士になられたんですよね」
「だから、操だてしているんですよね」
「幼なじみから恋人に!! 憧れのシチュエーションです」
「素敵ですね」
うっとりする二人。その横で竜吉公主がおろおろしている。
「で、初めてはどんなだったんですか?」
「いつ?」
完全に二人は暴走していた。
実は、いつだって聞いてみたかったのだ。普賢はおっとりした人で、優しい顔をしていたけど、爽やかで、それでいて筋は一本通っていて、どうしても噂のような人物に見えなかったのだ。
その噂の人物の隣にいる太公望との仲は、いつも二人の関心事だった。
つい最近までは、二人はただの友人、今はまだ。それが彼女たちの結論だった。竜吉公主の元へ、太公望と普賢が二人してやってきた時の様子から、そう結論していた。そこに至るまでの大激論で、おおいに楽しませてもらっていた。
今、ここに来て、普賢の行動パターンが変わったのだ。
絶対、太公望が関わっていると思った。
「えーっと、盛り上がっているところ悪いんだけど、僕と望ちゃん、そう言うことにはなって無くって、今までどおりなんだけど。」
「今まで通り、って、その言い方、微妙です。」
「そうです。」
「太公望様が迫ったんですか?」
「そうなんですね。そして、それを受け入れられなかったんですね。」
「『君だけは友達だと思っていたのに』の展開ですかぁ。」
「待って、待って。違うって、迫ったのは、僕の方。それで、断ったのは望ちゃんの方だよ。」
「え・・・・・ええっ!!!!」
二人の声に、竜吉の「何じゃと!!」と言う声も加わって、恐ろしく大きな声となった。
「ちょっと、三人とも、声、大きすぎ。」
望ちゃんもだけど、仙道の肺活量をこんな時ばかり使わなくてもいいのに。
「お主の方が、誘ったのか」
「はい」
「で、太公望様が断った」
「そう」
「普賢様の誘いを断れる男の人、いたんですね」
「いたも何も、僕、自分で誘ったの初めてなんだから。自分でだって、いろいろ考えているんだよ。誘い方、下手だったのかなぁって。」
「そ、そうなんですか?」
「え、えっと、それじゃあ、どうして、他の男の人、断ったんですか。」
「やっぱり、太公望様のことが好きだから? 真実の愛に目覚めたので、とか?」
「え? 真実って、今までどの人とも真剣におつきあいしたつもりなんだけど。」
真剣に、一晩限りのおつきあい???
乙女二人の頭の中に、刺激的な台詞が次々飛び込む
「よい、それも、もうよい。しかし、普賢、そなた考えなかったのか。これで、太公望が崑崙から去るとは。」
「え? 全然。だって、公主の存在があるわけだから、仙道道士でおつきあいしたから仙人やめなきゃ駄目、ってことないですよね。それに、僕とした人、全員が、崑崙を去った訳じゃありません。誤解ですよ。道士を続けていらっしゃる方も、ちゃんといますよ」
「ええ!!!!」
「ど、どなたなんですか??」
「いや、それもよい。言うでない普賢。また、余計な話のネタになる」
これ以上崑崙の中に混乱を巻き起こすのは勘弁してもらいたい。だが、
「だが、これは、聞いておきたい。そういう状況で、なぜ、他の男の誘いを断り始めた。もちろん、お主にとって、太公望が特別だということはよくわかっているし、今のでもようわかった。だからといって、他の男の誘いを、暴力を使ってまで廃するお主ではなかったはずだ。」
「・・・・・・うーん。望ちゃんに言われたから」
「どのように」
「安易な方法に頼るなって。相互理解を目指すなら、もっと他の方法が在ってもいいだろうって。せっかく言葉ってものがあるんだから、って」
「言ってわかってもらえなかったのは、僕の未熟です」
「太公望にいさめられたから、か。それは、あいわかったが、力づくでの撃退はお主の流儀ではあるまい」
「うーん、それも含めて方針転換中、じゃだめですか?」
「では、今回だけが例外ではなく、以後、男の誘いは断るということじゃな」
「はい。そのつもりです」
「えーと、それで、太公望様が振り向いてくれるのを待つって、ことですか?」
「太公望様、これまでの普賢様の振る舞いが原因で、普賢様のこと振ったんですか?」
「こ、これ、おまえたち、やめぬか」
「ううん、僕の素行は関係ないって言ってた。だけど、望ちゃん、僕とはできないって。できないって言われちゃったら、それは、もうどうしようも無いことでしょ。」
さらに続けて
「だけど、望ちゃん、他の人として欲しくないって、いうんだもん。なんだか、一生懸命で、そんな望ちゃん見ていたら、お願い聞いてあげたくなっちゃった」
碧雲も赤雲も、太公望の言いぐさは、あんまりだと思ったが、それを言うのははばかられた。そもそもの元始天尊からの依頼の内容は聞き終えたのだ。
「太公望と普賢の仲はどうなっとるのか、探ってくれんかのう」
そこで、話題を変えた。
「ところで普賢様」
「はい?」
「どうやって、くだんの道士を撃退したんですか?」
「相手は、既に宝貝をもつことを許された道士だったと、聞きました」
だから、どうして、そんなことを知っているのか? 本人と自分しか知らないことのはずだ。
「そうじゃ、どうしたのじゃ」
「以前、崑崙に来たばかりのころ、神経衝撃銃を、公主からいただいたでしょう? あれで」
「ああ、あの太乙の発明品か。まだ、持っておったか。だが、どうやって、あれを使った。渡しておいて言うのもなんじゃが、あれは、接近戦にならんと無理だろう。」
「向こうから近づいてくれましたから」
「あ、あぁ、そうなのか」
さらりと言われ、竜吉公主は、顔を真っ赤にした。
「あの、公主のおっしゃりたいのは、そうやって、もみ合っているとき、どうやって、使ったかって、ことだ思います」
「そうです。宝貝を持っているような相手なんですよね。どうやって?」
「えーっと、こうやって、後ろから」
普賢が、手をふわっと、揺らすと、テーブルにある茶菓子が浮いた。
ぎょく運と碧雲はぎょっとした。宝貝を持たずに、このような技ができるとは思わなかったからだ。
竜吉公主は、顔色は変えなかったが、内心驚いた。
これは、術だ。異母弟の燃燈が好んで使っていた。その道術の一種だ。
崑崙に来て30年足らずの道士が、このようなものを使えるとは思わなかった。
「えー、それじゃ、私たちも浮かせることできますか」
二人はのんきだ。
「それは、無理」
「えー、重いってことですか?」
「違う、違う。生物というか、意志のあるものは、まだ、無理。このお菓子みたいな無生物で、小さい物なら、少しの間、少しの距離、できるって程度だから」
「それでも、すごいです」
「確かにすごいの。元始天尊は知っておるのか」
「ええ」
つまり、元始天尊は普賢を十二仙にくわえたいのじゃな。
竜吉公主の読みは、当たっていた。
普賢を十二仙に加えたい、と、11人しかいない十二仙に、元始天尊が告げたのは、それからしばらくしてだった。
「それって、普賢を仙人に昇格させると同時に十二仙に任ずるってことですか」
「そうじゃ」
会議場には、微妙な空気が流れた。
その微妙な沈黙を破ったのは、太乙真人だった。
「えーと、僕は賛成だよ。普賢の物理学領域への理解と応用力には、敬服する物がある。実際、今、新しい宝貝の動力炉の開発を手伝ってもらっているくらいだからね。普賢が十二仙に加わってくれれば、いろいろなことが楽になるはずだよ。だから、僕は賛成。でも、みんなは違うみたいだね」
「うーん、普賢が、どうこうってわけじゃない。近頃は、そのなんだ、生活態度の方も真面目にやっているようだし、技術開発に関しては、太乙の言うとおりなんだろう。ただ、なんだ。その」
赤精子の後をついで、広成子がいう
「自分としては、太公望こそ、十二仙に加わるものと思っていたので」
その一言を皮切りに、皆がそれぞれの所信を、てんでバラバラに述べ始めた。全くもって、まとまりが無かった。
「やめーい。一人づつ発言せよと、いつも言う取るだろーが」
元始天尊の一喝が落ちる。
「このように」
と、それまで黙していた玉鼎真人が、口を開いた。
「このように、我々はまとまりがない。この自由さが崑崙のいいところではあるが、いつまでもこのままで、というわけにはいかないだろう。人間界の情勢も変わりつつ在るようだし。金鰲島のこともある。」
さらに続けて
「近々、我らの力を結集して、事にあたる必要が出てくるやもしれぬ。その時現場で、先頭に立って我らをまとめる者が必要であろう。私は、太公望が、その任にふさわしいと思っている。」
皆、聞き入っていた。
「確かに、一対一で会い対せば、私が勝つだろう。だが、太公望には、何か人を引きつけるものがある。力を貸したくなる、と言ってもいい。そういう人物が我らには必要なのではないか」
そして、一息つくと
「正直な所を言う。実践で私が太公望に勝てるかは、微妙だと思っている。あの口八丁なペースに丸め込まれ、なにか策略にはめられてしまう気がしてならん」
その最後の発言に、その場にいた全員がうなづいた。
「そうなんだよな。気がつくとあいつのペースなんだよな」
「そうそう、それは詐欺だろう、と思う方法でやられてしまうんだよな」
「最近は、おれもそんなのばっかりだったぜ。ま、最近っていってもしばらく来てないんだけどな」
「ああ、わしの所もきておらんぞ。なんだ、さぼっているという噂ではないか」
元始天尊は内心、唸っていた。
太公望がこんなに皆の信奉を集めていたとは、思わなかった。
普賢を十二仙にあてて、太公望は一介の道士として、封神計画にあてるつもりだったのに。むむむ。
そこで、
「そうじゃ、太公望は最近、さぼってばかりじゃ。ちとお灸をすえる必要がある。そういう不真面目な者が十二仙では示しがつかん」
と、いって見たのだが、
「まぁ、さぼってるかもしれませんが、十二仙になったら、やる気をだすかもしれないじゃないですか」
「そうですよ。崑崙に来た頃のあのやる気。あれが戻ってくればいいだけです。大成するスポーツ選手は、みな中休みの時期があるもんです。」
と、口々にかばう。
しょうがない。
「実は、太公望には、別の役職を考え取る。太公望でなければならぬ仕事があるのだ」
極秘計画だったが、これくらいは十二仙にも話しておかないと、ここから先の準備がうまくいかない可能性がある。
「まぁ、あのさぼり癖がなおってからだがの」
今すぐ、計画を発動させる訳にはいかないので、太公望のさぼり癖にかこつけて、その地位につけるのは、先のことだと、言っておく。
皆、顔を見合わせた。金鰲島との緊張が増しているのはわかっている。それに関した事なのだろうか。
「ところで、」
道行だった。ふわふわ椅子の上空の空間を飛びながら、なにやら、口にお菓子をつけて、もごもごしゃべっている。
「ところで、普賢はこの話、知ってるんでちゅか?」
「普賢が、太公望を押しのけて十二仙になりたい、っていうとは、思えないでちゅ」
「普賢は知らぬ。もちろん、太公望も知らぬ。先ほどの役職の話、くれぐれも太公望に言うでないぞ。役職につけるとなったら、さらにさぼりまくるに決まっとるわ」
「太公望のことは、わかりました。元始天尊様にお考えがおありなら、それに従います。ただ・・・」
「ただ、普賢が十二仙として、ふさわしいかどうかは・・・」
「先ほど、普賢に含むところはないと言いましたが、十二仙として、その実力があるのかどうかは、別な話で・・・」
「そうです。職務って意味では、真面目なんだってわかってますよ」
「頼んだ巻物とか、すぐ探してくれるしのう。ちゃんと理解して頭に入っているんじゃろう。頼んでなくても、関連の巻物も一緒に用意してくれとる」
「太乙の言うことは、その通りなんでしょう。が、なんだ、その、普賢の修行の程度ってやつが、小官のような無骨者には、わかりかねます。」
口々に十二仙が言うのに対して、
「普賢の実力の程は、わしが保証する、と言ってもだめか」
と、言ってみると、
「そんなこと言っているから、元始天尊様のお稚児さんだって、噂が立つんでちゅ」
どーん、爆弾が落とされた。
「なんじゃと!! 誰が誰のお稚児さんなんじゃ!!」
元始天尊の目が、クワっと見開いている。千里眼までもが開いていた。
「えーっ。だから、」
さらに続けようとする道行を、太乙真人が捕獲しようとし、櫂留孫が落魂鐘で気絶させようとし、玉鼎が峰打ちにしようとした。しかし、ふらふら飛ぶ道行にねらいを定めらきれないうちに、次の爆弾が落とされてしまった
「だから、普賢が元始天尊様のお稚児さんだって噂でちゅ」
「ばっかもーんんんーーーーーーー!!!!!!」
干からびた老体のようでも、そこは崑崙教主。並の肺活量ではなかった。会議室の窓はもちろん、壁も天井もびりびりとゆれた。同時に盤古幡が発動し、その重力で道行は床に押しつけられることになった。他の十二仙は、かろうじて姿勢を保ったものの、皆、その重さに唸っていた。
「なんじゃ、その噂は。お主たち、そんな話に惑わされおって、それでも十二仙か」
がおーっと、吠えている。
「あい、わかった。皆で自分で確かめるが良い。普賢、太公望、入って参れ。そこにいるのは、わかっておるぞ」
「普賢、太公望、入って参れ。そこにいるのは、わかっておるぞ」
元始天尊の声が、二人の上に降ってきた、
「ほら、やっぱり、ばれちゃってるよ。どうする? 望ちゃん」
「むー、なにやら、ひどい剣幕だのう」
十二仙が集まって会議と聞いて、太公望はさぼることをさぼって、盗み聞きに来たのだ。もちろん、とばかりに普賢を誘って。
普賢が竜吉公主に語った通り、二人の仲は変わっていなかった
あの散歩の後、帰る途中の黄巾力士の上でこそ、微妙な雰囲気となってしまったが、帰るやいなや、元始天尊に大目玉を食らい、罰として、洞中の掃除、書架の巻物の棚卸しなど、嫌になるほど雑用を申しつけられた。
元始天尊に怒鳴られながら、恐ろしいほどの量の雑役をこなしていたら、すぐに元の雰囲気に戻ってしまったのだ。
あまりにも、あっさりと。
馴染んだ心地よい距離感に復すのを二人とも良しとしたようだった。
太公望に誘われる形で、会議の行われている部屋の前に来た二人だったが、物音一つしなかった。
「望ちゃん、そんなことしたって、無理だってば」
太公望がどこから持ってきたのやら、硝子の水入れを逆さにして、壁に押し当てている。
「だから言ったじゃない。盤古幡のフィールドが効いているから、遮音されているって」
「むー、秘密会議か。十二仙の会議には、通常、壁は無いと聞いておったが、ガセであったか」
「ガセって、望ちゃん。壁が無かったら、こうやって側に近寄ったら、すぐに見つかっちゃうじゃない。どっちにしてもスパイなんてできないよ」
あーでもない、こーでもない、とつまらないことを言っていると、突然、壁が大きくびりびりと揺れた。
そして、声が聞こえてきたのだ。
入ってくるようにと。
「致し方ないのう。逃げても仕方在るまい。いくぞ、普賢」
二人、並んで入っていくと、十二仙が、なにやらぎこちない動作で、顔をこちらに向けてきた。まだ、盤古幡の重力が加わっているのだ。
「むぅ、なんだか皆の動きが変だのう」
「元始天尊様が、盤古幡、使っているみたい。待って、望ちゃん、それ以上進むと、僕たちもああなっちゃうよ」
「それは、困る。あー、元始天尊様ぁ。これ以上、すすめませぬぅー。ここまでで、よろしいですかーーー」
わざとらしく声を張り上げた。
「なにを言っとるか、ちゃっちゃと来い」
「行けませぬー。わしらは一介の道士ですーー。そんなところに入ったら、つぶれて、それこそ、蟻ん子のミジンコですーーー。」
「はぁぁぁ。なんじゃ、その言いぐさは。わかった。ほれ、これで良かろう」
どうやら、重力波が解かれたらしい。皆一斉に身体をほぐし始めた。
太公望が普賢の方を振り返ると、うなずきが返ってきて、確かに解除されたと知れた。
元始天尊の前に二人して行くと、
「普賢、これをやろう」
どこから取り出したのか、いきなり黒い球体が現れた。盤古幡に似ているが、少し小振りだ。
「太極符印という。お主の宝貝じゃ」
「あ、ありがとうございます。」
いきなり、渡された自分のだという宝貝にびっくりしながらも受け取る。
「おお、きれいだのう。なにやら、小さく輝いているのう。どれ、重いのか?」
太極符印に触ろうとした太公望を、元始天尊がするどく遮った
「人の宝貝に軽々しく触れるでない」
「はい、すみませぬ」
殊勝に一礼してから、にやっと顔を上げた
「で、わしの宝貝は?」
「そんなものは無い」
「なんですと?」
大げさに、身をよじる。
「同じ日に入門し、同じ師につき修行してきたのに、今、このような形で道を分かたれるとは。うっ、うっ」
「望ちゃん、その嘘泣き、嘘くさいよ」
「馬鹿もん。嘘泣きは、嘘くさいと決まっておる。だいたい、なんでお主だけ」
「努力の差じゃない?」
軽口を叩きあう二人に元始天尊が、声をかけた
「話は最後まで聞け。普賢、お主は今日から仙人じゃ。」
驚く二人に、さらに続ける
「そして、お主が望むなら、十二仙に加えることとする」
「!!!!」
普賢は声も出ない。代わりに太公望が叫んだ。
「だあほーーー。何を考えとるんですか!!。普賢を十二仙に? いったい、どうしてそんなことになるんです? あーっ! 普賢に雑用を全部押しつける気でしょう。普賢なら、若いし真面目だから、さくさくと働いてくれると、思っとるんでしょう」
「そんなことは、思っとらん。普賢の実力を見込んでのことじゃ。だいたい、あほとはなんじゃ、あほとは。それが師に向かって言う言葉か」
「あほだから、あほと言ったんです。十二仙だって納得しているんですか?、そんな無茶なこと」
「十二仙は、全員賛成しているわけではない。だから、普賢には、十二仙と勝負してもらうことになる。それで、認められれば、十二仙として迎えられよう」
かなり婉曲な表現だ。ほぼ全員賛成していない、が真実だろう。
普賢の方を向き直って言う
「どうする普賢。十二仙になる気はあるか。この話断っても、そして勝負に負けても、太極符印はお主の物じゃし、仙人として洞は与えるぞ」
一瞬、太極符印に目を落とした普賢だったが、すぐに顔を上げて、太公望の方を見た。
「望ちゃん、十二仙になりたい?」
「わしがか、わしは、いや別に。・・・・いや、まて、なりたい。猛烈になりたいぞ。お主、辞退せい。わしの席を奪うでない。」
くすくすっと、普賢が笑った。
「はいはい、わかりました。」
「そうか、わかってくれたか。」
「うん。そういうことで、元始天尊様、皆さん、よければ、僕を十二仙に加えてください」