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  太公望と普賢の仲は、変わらなかった。
 歳月の分、親しさは増していったが、その本質、距離感は変わらなかった

 多くの時間を共に過ごし、少々の別々の時間を過ごした。

 今では、太公望にもわかっている。普賢の人間界での暮らしがどうであったか。あれから、振り返ってみると、他の仙道にずいぶん当てこすられていたのもわかった。

 「普賢ちゃんとの仲はどうなのよ」
とか、
「普賢の具合は、どうだ?」
とか。
 
 それに全く別の意味があるのに気づかず、
「うーむ、仲良くやっているかのう、普賢は親切だしのう」
「具合? 仙道が具合が悪くなる分けなかろう。今日は太乙のところで実験中だ」
などと返していた。

 赤面モノだ。そちらの意味が含まれていた事を知った今となっては。
そして、反省もした。このようなことでは、仙道を人間界から取り除くという大願は果たせない。もっと、素直に、そして、同時に裏の裏まで読まねばならないと。

 
 普賢の方は、あの後も、あまり変わらなかった。望まれるまま、身体をつないでいた。太公望に阻まれた事が数度合ったが。

 ただし、玉虚宮内ですることはやめていた。

 元始天尊に大目玉を食らったからだ
「わしの洞でするのは、やめんか!! しかも太公望に見られただと、なんたることじゃ!!」

「ごめんなさい」
「わしが留守だからと言って、太公望がおらんということではあるまい」
「ごめんなさい。 望ちゃん、最近瞑想に出かけると2−3日帰ってこないから大丈夫かと思って。それにあの人、いきなりやってきて、そういうことになっちゃったので。」

 うーむ、わしの洞に侵入者か、いよいよ、警備システムを入れ替える必要があるようじゃ。

 ともあれ、太公望と普賢の仲に大きな変化はないようだ。
 
 太公望を連れてきたとき、一番心配したのは、普賢とのことだ。どうなることかと心配した。もし、太公望が普賢の身体に溺れるようなことがあったら、封神計画はおしまいだ。
 
 しかし、逆に考えると、これで、自分を見失うようなら、太公望つまり、始祖もその程度の人物ということになる。自分を含む、多くの仙道、人間の命を背負わせるに値しない、ということだ。

 その時は、始祖はあてにせず、自分たちだけで女媧と戦わねばならない。勝ち目があるとも思えないが。

 その覚悟が決まったことで、決心もついた。
 太公望と普賢を一緒に、門人として扱うことにした。

 予想の範囲ではあったが、普賢は面倒見が良かった。
 両親・兄弟を含め、一族全てを失って傷ついた太公望の面倒を何くれと無く、みていた。あまりに構い過ぎではと思っていたが、他の者が行くと、警戒するのか気を張った様子の太公望が、普賢の前では、ぼーっとして過ごしているのを何度も見た。そのとなりで、優しく、これまたぼーっと、座っている普賢の姿も。程よい、距離感が二人の間には存在するらしかった。

いつぞや普賢に
 「なんぞ、お主にはだいぶ気を許しているようだのう。」
 「うーん、そうだといいんですけど。少しでも悲しみが和らいでくれるといいなぁって。」
 「そうじゃな。そうそう、お前もなにやら世話焼きが板についておって、びっくりしたぞ」
 「お店には、小さい子も多かったので。望ちゃんみているとあの子たち思い出します。望ちゃんほどは誰もギラギラしてませんでしたけどね」
 そう言って、くすくす笑う普賢を見て、少々不安を覚える。
 「お主、そのなんだ、太公望とは・・・・あー、なんだ」
「え? 何ですか?」
「そのあちらの方は大丈夫なんじゃろうな」
「あちらって?」
「あちらはあちらじゃ!」
元始天尊は、思わず顔を赤らめ叫んでしまった。とっと、察せんか!!
「・・・ああ! やだなぁ、元始天尊様。してません。大丈夫です。お約束守ってます。」
「本当の本当にじゃな。(この間も朝帰りしとったくせに)」
「当たり前じゃないですか。だいたい望ちゃんまだまだ子供ですよ。」

 うーむ、わしから見れば、あっという間に、子供時代は終わってしまうのじゃが。それからの方が長いんじゃぞ、大丈夫かいな。
 


 一方で、元始天尊を心配もさせたが、期待に答えて?普賢は太公望という存在の良い目くらましになってくれた。崑崙中で、よく名をささやかれたのは普賢の方で、太公望はもう一人道士が増えた程度の認識だったのだ。


 封神計画が始まるまでは、太公望に注目が集まるのは避けたかった。 
 それだけ、計画の成功の確率が上がるからだ。










 「普賢、ちと散歩にでかけぬか」

 太公望が、声をかけてきた。何かを企んでいるときの顔だった。
 
 そして、元始天尊に薬をもり、黄巾力士を盗んで、二人で人間界にでかけた。

 二人が、崑崙にきて30年近くたっていた。


「望ちゃん、そろそろ暗くなってきたよ。魚も寝る頃じゃないの」
「そもそも、魚をつっとる訳じゃないから、明るい暗いは関係ないのだがのう」
「風も冷たくなってきたよ」
「わしらは道士じゃ、このくらいの風は問題なかろう。ふむ、肩を出し取るお主には寒いかのう」
「僕も大丈夫。」
「そうかのう。肩をしまった方がいいのではないか。」
「どうして、そう、すぐ肩をしまえっていうの?」
「いや、なんだ、寒いのではないかと思うてな」
「寒くありません。・・・もう、望ちゃんってば。あのね、何度も言っているけど、襟首の詰まった服、好きじゃないんだけど。息苦しい感じがして」

 幼い頃より、店で着てきた服は、襟がぐっと開いていた。だから、襟首のある衣服にどうしてもなじめない。だいたい、あの当時の服に比べたら、今着ているのは、いわゆる節度というものがあると思う。にも関わらず露出がどうこうと、最近の太公望はうるさい。

「なにも竜吉公主のような服を着ろと言う取る訳じゃない、こう、もちっとなぁ」
「ぼ、う、ちゃ、ん」

 長くなりそうなお小言を制するべく、少し低い声を出す。
 普賢の機嫌が、悪くなりそうなのを感じた太公望はあわてて、
 「ほら、見よ。星だ。星が出てきたぞ」

 その言葉に視線をあげると、思わず声がもれた
「わぁ」
「お主、生の星空はあまりなじみが無いと申していたであろう」

 人間界にいた頃、星空はあまりなじみのあるものでは無かった。夕暮れ時の早い時間から店は始まり、終わる頃は明け方か、早くても、疲れて寝入っていることが多かった。
 その後、崑崙に来たわけだが、崑崙の生活は、いわゆる崑崙島の内部で行われる。昼、夜、つまり明暗は、外の世界と同じく作り出されているが、その空は、崑崙島の内部に映し出された映像に過ぎない。
 
 いつぞや、
「星空って、あんまりみたこと無いんだよね。あの光の一つ一つが、遠い空の向こうの太陽なんだって、聞いたときはびっくりしちゃった。本物を見て、どのくらい離れているのかとか、どんな風に動いているのかとか、観察したいなぁ」
 そう、望に語ったことがあった。それを覚えていてくれたらしい。この散歩は星空観察会も兼ねていたようだ。

 「ありがとう望ちゃん。」
「う、いや、礼はいらん。ほれ、これからどんどん暗くなる。星の数が増えていくぞ」
「うん」

 太陽の残光が徐々に消え、二人の頭上には、満天の星空が広がりつつあった。

「ねぇ、望ちゃん、星座とかわかる?」
「むろんだ、父上が昔、教えて下さった。頭領たる者、星を読んで、一族が道に迷わないようにとな。」
「じゃぁ、おおぐま座ってどれ?」
「ほれ、あちらの空の赤く輝く星、あれが目、で、こうつなぐ。」
「なんだか、それ、カバみたい」
「大カバ座か、なんじゃそれは」
「じゃぁ。北極星って、どれ?」
「北極星か。おおぐま座の目と尾結んで、その距離の倍を行ったところにあるひときわ明るいあの星だ」

 「あぁ、確かに明るいね」
 「父上は、北極星は季節によって動くことはない、だからいつでも頼っていい星だと、教えて下さった。あの星が出ている限り、道に迷うことはない、と」

 「うん。でも、あの北極星もいつかは動くんだよね。覚えてる?、望ちゃん、長い年月の後には、違う星が北極星になるんだって教わったの」
「そして星座も変わる」
「うん。・・・見てみたいなぁ」

 遠い星空、変わっていく星座。

 太公望の心の奥深いところが震えた。

「いや、そんなもの、見とうないのう」
「どうして? 星座が変わるの見たくないの?」
「つまらん、そんなもの一人で、ずぅっと見ていてもおもしろうはずがないわ」

 星空も変わるほどの悠久の歳月。悠久の孤独

「じゃあ・・・」
普賢が横に並んでいた太公望の方を向いた。

「じゃあ・・・、二人だったら?・・・・・」




「普賢・・・」

 ざぁっと、ひときわ強い風がふいた。

 その後のなんという静けさ。

 視線があう。その視線がお互いから離せない。


普賢の口元が動いて、言葉が形作られた

「・・・・望ちゃん・・・・・しよう・・・・・」




 完全な静寂が訪れた。
 木々のざわめきも、遠くで吠える獣の声も、どこかへ消えた。

 何をするのか、なんて、聞かなくてもわかった。
 少し下から、見上げてくる普賢の顔が上気しているのがわかる。自分の方が少し背が低いから、いつもは見ない角度の表情だ。いや、角度の問題じゃない、今、初めて、普賢は別の顔を自分に見せている。見せてくれている。

 普賢の白い喉が、ごくりと息を飲むのがわかる。普賢も緊張しているのだ。だが、その事実すら自分をさらに緊張させる要因にしかならない。その喉の先にある薄い鎖骨。それが目に焼き付いてくる。その先にあるものが見たい。

 そうと意識せず、普賢の両肩をつかんでいた。そして、引き寄せられるように、その唇に、自らの唇を寄せていく。

 互いの息がかかる距離だった。
 普賢が息をつめて、太公望を見つめる。

 唇が重なる。

 その寸前。

 太公望は、ぐっと普賢の肩をつかみ、自らを普賢の体から引き離した。
 そのまま、下を向いてしまう。

 普賢は、太公望の後頭部を見つめたまま、次の言葉を待った。

 永い、永い、沈黙の後、
 太公望の口から、言葉が絞り出された。

「できぬ」









「すまぬ・・・・・できぬ・・・」
 再度、言葉を重ねた。顔が上げられなかった。


 

 普賢の肌に触れたかった。触れて普賢と一つになってしまいたかった。
 普賢と肌を重ねてしまえば、全てを忘れさせてくれる。そう、わかっていた。

 そう、自分は、全てを忘れてしまうだろう。

 憎しみも、悲しみも、憤りも、慟哭も、全て忘れてしまう。
 溶かされてしまう。

 それは、駄目だ。

 恨みを捨てることは、正しく気高いことかもしれない。
 だが、繰り返される悲しみから目を背けて、自分だけ楽になることは許されない。誰が許しても自分が許さない。
 
 仙道の干渉による理不尽な死を、止めたい。
 自分には、それができる可能性がある。
 いや、可能性ではなく、しなくてはならないのだ。
 
 今は、駄目だ。
 
 魂の奥深くから、叫ぶ声がする。

 今、普賢にふれる訳には、いかない。

 理由を話したら、普賢はわかってくれるだろう。

 もしかしたら、笑って
「じゃあ、早く、片付けなきゃ」
とまで、言うかもしれない。

 昼間だって、「その時は側にいるから」なんて、言っていた。
 側になんていなくていい。

 普賢に傷の一つすらつけたくない。


 なんと、普賢に言っていいのかわからなかった。
 あんなに、口八丁道士と言われている自分が、何の言葉一つ出てこない。
 どうしたら、傷つけずにすむのか。


 頭の上で、小さくため息が聞こえた。
 ぐっと、身を緊張させていると、声が降ってきた。

「そっか、じゃあ、・・・・仕方ないね」
その明るい、やや呆れたような声に、顔を勢いよく跳ね上げた。
 
 「なんて顔してるのさ、望ちゃん。しょうがないでしょ。」
明るく、さばさばした顔だった。さっきまでの雰囲気はもはやかけらも残っていない。いつもの普賢がそこにいた。
 「しょうがないじゃない。嫌だっていうのに、無理強いできないし」

「ま、待て、嫌だとは申しておらぬ。できぬ、といったのだ!!」
「えー? それ、どこが違うの?」

 「嫌じゃない、嫌だなどというてはおらぬ。実のところ、お主とは、猛烈にしたい、でも、できぬ、できぬのだ!  わかってくれぃ!」
『今は』と付け加えたい気持ちを抑え込む。
 これで、普賢を傷つけても、嫌だと言えれば尚良いものを、それは言えなかった。なんと、情けないことか

 一方、普賢は、ため息をつきながら、太公望を上から下まで見下ろした。

 「お、お主、なにか、変な勘違いをしておらぬか、わしは、男子としては正常だ、そういう意味でできぬのではない」

 わしは、何を口走っておるのだろう。
 あ、いや、わしは身体機能のことを言ったつもりだが、男なんぞ相手にできぬ、の意味に普賢が受け取ったら、どうしたらよいのだ。

「がーー」
一声、吠えて、頭をかきむしる。

 呆れたように、普賢が、少し身を引くのがわかる。
それでも
「望ちゃん、ちょっと、大丈夫?」
心配そうな声がかかった。

 その声に、少し冷静さを取り戻す
「大丈夫だ。そう、わしは、できぬ、できぬが、のう、普賢、わしは、お主に他の男と致して欲しくない」

 「え? えーー?」
 



「ちょ、ちょっと望ちゃん、それひどくない? 自分は僕とするのは嫌だと言っておいて、僕が他の人とするのも嫌って、それ、あんまりじゃない?」

 「嫌だとは申しておらぬ、わしは、できぬ、と言うたまでだ。だいたい、お主、なんで、あんなに簡単に男どもと寝てしまうのだ。」
「えー、ひどいなぁ、望ちゃん、簡単に寝たりしません」
「簡単というたのは、わしが悪かった。すまぬ。だが請われると断れないだろーが」
「それは、そうだけど。うーん、だって、肌をかわすといろいろわかるんだもの。」
「じゃぁ、肌をかわせぬ相手とはどうするんだ。だいたい、人類の半分は女じゃぞ。そもそも、お主、女子相手に勃つのか?」

 「望ちゃん、下品」
「どうせわしは野育ちだ。で、どうなんだ。女子もいけるのか、どうなんだ」
「望ちゃん・・・・はぁ、・・・どうしちゃったのさ・・・・ほんとにもう・・・女の人とはしたことありません。だいたいする必要ないもの」
「何故」
「だって、女の人には、『言葉』があるもの。言葉で、お互い分かり合えるもの」

「じゃぁ、男とも、言葉で分かり合え! 一々、寝なくてもよかろう」
「だって、男の人って、言葉が足りないんだもの。肌を交わして、それからお話しした方が、」

 「馬鹿者————!!」
「望ちゃん、耳が痛い」
「そんな楽をしちゃいかん。男どもとも言葉で分かり合え!!。仙道たる者、楽をしていいわけなかろう。だいたいだなぁ・・・」

 太公望のお説教は、延々と続いた。それを、きょとんと眺める普賢に、太公望が脱力しかけた頃、普賢が、口を開いた。

 「そんなに、僕が他の人とするのが嫌なの?」
「ああ、嫌だ」
「僕とするのが、嫌・・・・じゃなくて、できないのは、そのせい?」

 「違う。それとこれとは、全く別の事。お主のその振る舞いと、わしの理由は全く関係がない。」
「でも、僕が他の人とするのは、嫌なんだ」

「そうだ。他の男と、して欲しくない」

 なんたる我が儘。
 が、それを是とする、答えが返った。
「うん、わかった。しません。約束する」

「そうか、そうか・・・・何!、いいのか?」
「うん、望ちゃんがそうして欲しいなら。」

 「あ、ああ。・・・・だが、その、なんだ、お主が本当に気持ちの惹かれる相手が現れたら、その、わしは止められぬ。その、わしがやめて欲しいのは、身体が先で、気持ちが後、というやつだ。それから、なんだ、請われたのを拒め、とは、申したが、命がけでとは、もうしておらん。暴力をふるうような男がおったら、お主の身と命が大事だ、そういう時は・・・・」

 また、延々と始まった。
 それを聞きながら、考える。
 気持ちの惹かれた相手に、今、断られた所なんだけど。そもそも、気持ちと身体の境目って、どこにあるんだろう。

 太公望の言葉を、耳の端で聞きつつ、空を見上げた。

 すっかり暗くなった夜空に満天の星が広がっていた。

 「望ちゃん、望ちゃん、上を見て。ものすごい数の星」
「おお、今宵はすごいのう」
「きれいだねぇ」

 それきり、二人、言葉を失って、夜空を見上げる。
 しばらくして、草原においた普賢の手の上に、太公望の手がおずおずと重なってきた。手袋越しだけど、互いに伝わる、暖かいもの。

 「星空って素敵だね」